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長崎地方裁判所 昭和41年(わ)69号 判決

本籍

長崎市片渕町三丁目一八〇番地

住居

同市同町三丁目一八一番地

職業

不動産取引業

大塚泰蔵

明治二七年五月一七日生

本籍

長崎市目覚町一〇八番地

住居

同市同町二五番七号

職業

地金商

木村俊次郎

明治四五年三月二八日生

本籍

熊本県宇土郡三角町大字黒浦二、七五六番地

住居

東京都目黒区鷹番二丁目一八番五号鷹番コーポ二〇六号室

職業

会社役員

宮津芳通

昭和六年三月二五日生

右大塚泰蔵に対する背任、詐欺、業務上横領、旧所得税法違反、所得税法違反、木村俊次郎に対する背任、宮津芳通に対する私文書偽造、同行使、詐欺、背任各被告事件について、当裁判所は、検察官樋田誠、同吉川亘出席のうえ審理を遂げ、併合して次のとおり判決する。

主文

一、(1)被告人大塚泰蔵を懲役三年及び罰金五〇〇万円に処する。

(2)但し本裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

(3)同被告人が右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

(4)押収してある預り証一通(昭和四一年押第一三九号、一)は同被告人及び被告人宮津芳通からこれを没収する。

(5)訴訟費用の負担

(イ)昭和四一年(わ)第九七、第一三七、第一四六号事件(背任、詐欺、業務上横領各被告事件)の訴訟費用について、

(a)証人石川貫一、同楠本種次郎(昭和四二年一月一三日、第一〇回公判出頭分)、同橋本康(同上第一〇回公判出頭分)、荒木光(同上第一〇回公判出頭分)、同藤沢清治、同松尾正夫(同年二月二五日、第一一回、同月二八日、第一二回各公判出頭分)、同宮崎春代、同山崎政一、同金太煥、同松島昇(同年一月一三日、第一〇回及び同年四月二五日、第二三回各公判出頭分)、同浦川徳市(同月二七日、第二四回公判出頭分)、同岡本新一、同森祝夫、同山口純宏、同久保保、同吉田武、同田中庄三郎(同年三月九日、第一六回公判出頭分)、同高谷清蔵、同本吉金三郎、同片岡砂吉(同月九日、第一六回公判出頭分)にそれぞれ支給した分は、同被告人と相被告人木村俊次郎、同宮津芳通との連帯負担とする。

(b)証人倉重祥弘、同芦沢修、同石橋富雄、同小島喜代雄(昭和四一年一二月八日、第八回公判出頭分)同林田武(第一、二回)、同石橋一雄(同上、第八回公判出頭分)、同杉山俊蔵(第一、二回)、同橋本康(同四二年三月二三日、第一七回及び同月二八日、第二〇回公判各出頭分)、同荒木光(同上第一七回、公判出頭分)、同楠本種次郎(同上第一七回及び同月三〇日、第二一回各公判出頭分)、同山本竜市、同浦川徳市(同月三〇日、第二一回公判出頭分)、同直田統一(同月二八日、第二〇回公判出頭分)、同辻義人(同上第二〇回公判出頭分)、同林田金太郎(第一ないし第三回分)、同岩崎佐嘉恵(第一、二回)、同浦繁蔵、同山崎末雄、同坂正、同田中庄三郎(同年六月二二日、第二七回公判出頭分)、同小西忠徳、同森衡三郎にそれぞれ支給した分は、同被告人と相被告人宮津芳通との連帯負担とする、

(c)証人直田統一(同四一年一二月八日、第八回、同四二年一〇月二六日、第三四回、同四三年三月七日、第四〇回各公判出頭分)、同辻義人(同四一年一二月八日、第八回公判出頭分)、同片岡砂吉(同上第八回公判出頭分)、同山崎憲明(同四二年三月二三日、第一七回公判出頭分)、同東佐久馬、同鎌田巌、同増崎志寿男、同長浜信良、同池山良男、同浦川徳市(同年八月二四日、第三三回公判出頭分)、同小笹市郎、同高木達郎、同高田輝雄、同松島昇(同四三年二月一三日、第三九回公判出頭分)、同後藤文二、同小野照子、同小林二三郎、同桜井忠次郎、同若松勇一、同南信義、同古瀬帝にそれぞれ支給した分は全部同被告人の負担とする。

(ロ)昭和四二年(わ)第四二六号事件(旧所得税法、所得税法各違反被告事件)の訴訟費用について

証人松島昇(第一、二回)、同宮津芳通(第一ないし第四回)、同寺田力、同山崎末雄、同秋山善三郎(第一、二回)、同上田徳蔵、同林田金太郎、同柴田義秋、同直田統一、同辻義人、同久米寛、同山下中、同井原清春、同鍵山育太郎、同久松金六、同浦繁蔵にそれぞれ支給した分は、全部同被告人の負担とする。

二、(1)被告人木村俊次郎を懲役一〇月に処す。

(2)但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

(3)訴訟費用の負担については、主文一の(5)の(イ)、(a)項記載の各証人に支給した分は、同被告人と相被告人大塚泰蔵、同宮津芳通との連帯負担とする。

三、(1)被告人宮津芳通を懲役二年六月に処する。

(2)但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

(3)押収してある預り証一通(前同押号、一)は同被告人及び被告人大塚泰蔵から、又借用金契約証書(同押号、一一)中の偽造部分は同被告人から、何れもこれを没収する。

(4)訴訟費用の負担については

(a)主文一の(5)の(イ)、(a)項記載の各証人に支給した分は、同被告人と相被告人大塚泰蔵、同木村俊次郎との連帯負担とし

(b)主文一の(5)の(イ)、(b)項記載の各証人に支給した分は、同被告人と相被告人大塚泰蔵との連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

一、被告人らの経歴

被告人大塚泰蔵は、長崎高等商業学校夜間部三年を中途退学したのち家業の農業に従事し、終戦後は農業の傍ら、株屋、青果会社の経営などに当り、その間昭和四年ころから同一九年ころ迄にかけて長崎市会議員を五期、また同一一年ころから同一八年ころ迄の間は長崎県会議員を二期それぞれ勤め、終戦後は主として長崎市農業協同組合(以下市農協と略称する)及び同市農業委員会の組合長、会長の地位を約二〇年間に亘って占めるとともに、同県信用農業協同組合連合会長、同県信用基金協会理事長、同県福祉協会副会長などの公職を歴任したが、右市農協においては、組合長としてこれを代表し、理事会の決定に従って、組合員の事業または生活に必要な資金の貸付、組合員の貯金、定期積金の受入、その他共同利用施設の設置、固定資産の取得、処分等の一切の業務を統轄していたものであり、

また被告人木村俊次郎は、昭和一二年三月長崎市立旧制夜間中学校を卒業後、同年一二月ごろ長崎県巡査となり、爾来昭和三〇年一二月迄長崎市警察官として勤務したのち、同三一年一月、市農協総務部長となり、その後、同三八年二月二五日より渉外部長兼整理徴収課長兼業務部貸付課長の地位にあり、組合員に対する貸付業務等を担当し、組合資金貸付の際の担保物件の調査、貸付金の徴収、抵当権の実行などの職務に携わっていたものであって、右両名は、ともに右職務の遂行に当り、市農協のため、農業協同組合法、市農協定款並びに市農協総会の議決などに基いて、誠実にこれを行う任務を有していたものであり、

被告人宮津芳通は、昭和二四年一二月ごろ、熊本語学専門学校を二年で中途退学したのち、新聞記者、保険外交員、観光新聞社の経営などの職を転々とし、同三五年ごろ、他から依頼を受けて市農協から金融をうる仲介をしたことが機縁となって被告人大塚の知己をえ、同年八月、長崎市筑後町(現在玉園町)で、宮津商事有限会社を設立してその代表者となり、金融業を営む傍ら、同年一〇月ごろから市農協の嘱託となり、爾来同三七年暮ころ迄の間、市農協の資金の貸付先の仲介をするなどしていたが、さらに同三八年三月ころからは、被告人大塚の全面的な助力をえ、土木、建築業を営む丸宮建財株式会社を設立してその代表者となり、或いは被告人大塚とともに同市におけるボーリングゲーム場の設立に参画してそのころ長崎ボーリング株式会社の取締役となるなど、被告人大塚の被護のもとに各種事業の経営に当っていたものである。

二、本件犯行

第一、被告人大塚泰蔵、同木村俊次郎は、昭和三八年四月中旬、被告人宮津芳通を介し、松島昇から、長崎市西浜町四二番第五ロ甲所在の宅地六三坪三合八勺、同所同番家屋番号三〇番木造瓦葺二階建店舗一棟(建坪二六坪、外二階一七坪)、同上付属木造瓦葺二階建倉庫一棟(建坪九坪、外二階九坪)の物件、(以下「本件物件」或いは「本件土地、建物」と略称する)を担保として、市農協から六〇〇万円を借り受けたい旨の申込みを受けた。ところで本件物件は、右松島昇が同三六年五月一〇日、松尾正夫ほか五名から買受けたものであるが、市農協は、そのころ被告人宮津を介して右松島から融資の申し込みを受けるや、同年八月一七日、本件物件に債権極度額二、〇〇〇万円の根抵当権を設定したうえ、即日一、〇〇〇万円を貸し付けたところ、松島はその後資金繰りに窮し、同三八年三月一日、市農協の了解をえて双葉金融株式会社に右根抵当権の一部四〇〇万円を譲渡し、残抵当権の極度額が六〇〇万円となっていたものであるが、当時松島は事業に失敗し、前記一、〇〇〇万円の債務の元本はもとより、利息の支払も延滞していたのみではなく、本件物件は何れもつとに有限会社「浜よし」(代表者野中友作、昭和四〇年一月二九日死亡)が、原所有者である前記松尾正夫外五名から、松島に先んじて、買い受ける旨の契約をしその代金の一部を支払っていたため、「浜よし」から松尾正夫外五名に対し、本件物件に対する市農協の右根抵当権設定登記前である昭和三六年四月二六日、前記建物のみについて処分禁止の仮処分の申請がなされその旨の登記を経ていたうえ、同年五月八日には、右「浜よし」から松尾正夫外五名を相手取って長崎地方裁判所に対し、本件物件につき所有権移転登記手続請求の訴が提起され、ついで、本件物件について、「浜よし」から松島を相手取って、同三七年一二月二一日、同地方裁判所に対し、詐害行為取消請求の訴が提起され、これと時を同じくして本件土地についても処分禁止の仮処分がなされた。しかも、同三七年暮以来、前記松尾正夫が、右各訴訟において「浜よし」の言分を支持し、松島に不利な証言をする態度に出(なお、同三八年二月二五日、松尾外五名の者らは、「浜よし」の前記請求を認諾するに至った)、このため、松尾外五名及び松島との関係において、「浜よし」が前記各訴訟で勝訴する公算が強まってきた。而して被告人大塚、同木村の両名は、かような事態に陥ったことは、被告人宮津を通じこれを承知していたが、かような事態に立ち至ったからには、「浜よし」は本件建物について、前記仮処分の故に右仮処分に遅れる市農協の前記根抵当権の拘束を免れ、制約のない所有権を確保することができ、その土地について、仮に市農協の前記根抵当権を甘受しなければならない事態となったとしても、右土地について、正当な使用収益権を有することになる結果、右土地の交換価値は通常の場合と比較して著しく低下することが予想されるほか、「浜よし」と松尾外五名及び松島との間の右のような訴訟の状況に照らし、「浜よし」は市農協に対しても当然可能な法律的手続に出で、本件土地について市農協の有する根抵当権の抹消を求める態度に出るであろうことはみやすいところであり、かくては右根抵当権の実行をするにしても、その解決が長期化するのみではなく、その実行そのものも見通しが甚だ不安定なものとなることを免れないことが容易に予想されたのであるから、前記冒頭記載の任務を有する被告人大塚、同木村としては、かような場合松島に対する新らたな貸付を控えて暫らく事態の推移を見守るか、或いは新らたに、松島の要求通りの貸付をするにしても、以上の各訴訟経過の詳細、右貸付金の使途及び松島の資産状態などを改めて精査し、さらに債権保全のため増担保を要求するなどの慎重な措置をとったうえ、貸付金が約定通り期限に確実に回収される見通しがついて始めて松島の要求に応じ新らたな貸付をなすべき任務を有するにも拘らず、敢てその挙に出ず、被告人宮津と共謀のうえ、被告人大塚、同木村において右任務に背き、右被告人ら三名の利益を図る目的をもって、昭和三八年四月一六日、長崎市勝山町二六番地所在の市農協事務所において、前記根抵当権に基き松島に対し、六〇〇万円の貸付をなし、もって市農協に対し右同額の損害を加えた。

第二、

(一)被告人大塚泰蔵は、先に外遊の際、米国においてボーリングゲームが隆盛を極めこれが事業として有望なものであることを見聞し、予てから長崎市にボーリングゲームセンターを作ろうと考えていたが、昭和三八年初頭ごろから被告人宮津芳通と相談をしてボーリング会社設立の構想を練り、同年二月上旬会社設立の具体的な段取りとして、右会社設立の趣旨を記載した案内状を、同市内の有力者に配付するなどして発起人をつのる傍ら、同月七日、右被告人ら両名は東京都へ赴き、同会社設立の暁に必要とされるボーリングゲームの機械並びに付属設備などの購入の衝に当つたのであるが、その際、被告人らが自ら発案、計画をした会社であったため、前記案内状に応じて集まる他の発起人らと同一の立場でその利潤に預ることを快しとせず、ここにおいて右機械等の購入に際し、その価格を水増ししたうえ、右会社が設立されたのち、同会社から真実の価格との差額を騙取しようと考え、右被告人ら両名は共謀のうえ、同年二月一一日、同都中央区八重洲口三の三所在の八重洲口会館内兼松株式会社東京支社八重洲口分室において、右被告人ら両名と同会社機械プラント部第一課長代理杉山俊蔵との間に、完全自動テンビンボーリング機械一〇基並びに付属設備等一式を合計四、九五〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、被告人大塚が、右契約の手付金として同日同人に対し一五〇万円を支払ったが、その際情を知らない右杉山に依頼して、右機械等の売買代金を合計五、一五〇万円と水増しをし、その手付金として被告人大塚が同日同人に対し三五〇万円を現実に支払ったように仮装するため、杉山からその旨虚偽の記載をし、同人の認印を押捺した「預り証」と題する同人の名刺(昭和四一年押第一三九号、一)を徴したうえ、同年三月二日ごろ、長崎市本石灰町二番地「松亭」において前記ボーリング会社の発起人会を開催した際、予て右長崎ボーリングセンター株式会社の取締役に就任することを承諾していた倉重祥弘、芦沢修、林田武らに対し、被告人ら両名はこもごも右「預り証」を示し、一〇基五、三五〇万円のボーリング機械を五、一五〇万円に減額させて購入することとし、被告人大塚が手付金として三五〇万円を立替支払ったから、会社は被告人大塚にその支払いをされたい旨嘘を言って右同人らをしてその旨誤信させ、よって同月一三日、右長崎ボーリングセンター株式会社が資本金二、五〇〇万円で設立されるや、同月一五日、長崎市西浜町五八番地所在のレストラン「紅花」において、被告人宮津が、右会社経理担当取締役の前記芦沢修から同会社代表取締役倉重祥弘振出にかかる額面三五〇万円の小切手一通の交付を受けてこれを騙取した。

(二)被告人大塚泰蔵は、昭和三八年春ごろ、市農協の預金が増加する一方適当な貸付先が少なかったところから、被告人宮津芳通に対し、株式等の有価証券類を担保に良い貸付先を探してほしい旨依頼していたところ、同年八月末ごろ、被告人宮津から東京都新宿区四谷一丁目八番地所在後藤観光株式会社の代表取締役後藤文二が、その所有する同会社の株式を担保に一、五〇〇万円の融資を受けたい意向であるとの話を聞いたが、同会社の株式はいわゆる店頭株であって市場性に乏しく、かつ同会社の業績、資産状態など不明な点が多く、右株式の担保価値が不確実であったうえ、市農協定款によれば、右会社は市農協の貸付制限区域外にあり、さらに市農協の準組合員でもなかったのであるから、本来市農協が貸付をしてはならず、かような融資申込みは拒絶すべきであったのに、同被告人は被告人宮津に対し、右株券を長崎市迄持参できたならば貸付に応ずるとの内諾を与えたため、被告人宮津は、予て自己と取引のあった長崎市内の金融業者山口孝彦を介し、同市内の金融業者福徳商事に一、五〇〇万円を調達させて直ちに上京し、同年九月三日、東京都千代田区神田和泉町一番地所在の明糖食品株式会社において、実質は市農協から貸付を受ける旨の情を知っている前記後藤観光株式会社専務取締役砂山清進に対し、右一、五〇〇万円を手交したうえ、前記後藤文二ら所有にかかる右会社の株式一九万八、〇〇〇株及び同会社振出の額面一、〇〇〇万円、同五〇〇万円の約束手形一通その他株式譲渡証書などを右山口らをして受領せしめたのち、急拠長崎市へ立ち戻り、同月五日、被告人大塚に対し以上の経過を報告するとともに、被告人大塚及び同被告人の利益を見込んで市農協から一、七〇〇万円を右会社に融資することを求めたところ、被告人大塚もこれを了承し、右被告人ら両名とも、右の株式が前記のような店頭株であり、かつ定款で貸付を禁じられた貸付制限区域外の非組合員に対する貸付であることを知悉し乍ら、共謀のうえ、被告人大塚においてその任務に背き自己らの利益を図る目的をもって、恰も長崎市在住の準組合員に対し、正規の貸付をなすよう仮装をして一、七〇〇万円を市農協から出損し、うち一 五〇〇万円を前記山口孝彦らに交付して同人らが持参した前記株券等を市農協において取得することを企て、翌六日、前記市農協の事務所において、長崎市在住の準組合員に仕立てた前記山口孝彦に対し、前記株券その他の書類と引かえに、右被告人ら両名の利得分等を含む合計一、七〇〇万円を貸付交付したようにして支出し、もって市農協に右同額の損害を加えた。

(三)被告人大塚泰蔵は、市農協理事会の決定に基き、長崎市片渕町三丁目一、〇〇〇番ノ四所在の同被告人の妻トシ子所有名義の土地に、市農協西片支所を建築することになったが、その際被告人宮津芳通が経営していた前記丸宮建財株式会社に、競争入札の方法によらずに右支所の建築を請負わせることとし、昭和三九年二月八日、総額一、三一〇万円で右会社との間にその旨の請負契約を締結したのであるが、

(1)同月七日ごろ、被告人大塚は、同宮津から右建築工事に当然含まれているべき地盤補強のための杭打工事費が見積書から漏れていることを打ち明けられ、その前後策として、本来ならばかような場合は正式に市農協理事会に計ったうえ、適正、妥当な価格で右杭打工事を請負わすべき任務を有するにも拘らず、既に全体としての見積書も提出されており、これと別個に右工事の追加見積書を提出させることは、他の理事者に対し被告人宮津の信用を失墜させることにもなり、かつはこの際、右機会を利用して、工事費用をその適正、妥当な範囲をはるかに超えた金額である一〇〇万円と計上させて請負わせぬことにより、適正な工事費用との差額を自己において利得しようと考え、同年二月八日、前記市農協の事務所において、被告人宮津と共謀のうえ前記任務に背き、自己らの利益を図る目的をもって、前記丸宮建財株式会社との間に工事費用五〇万円程度の杭打工事を一〇〇万円としてその旨の請負契約を締結し、よって少くとも五〇万円を下らない工事代金債務を市農協に負担させて財産上の損害を加えた。

(2)被告人大塚泰蔵は、昭和三九年三月三〇日ごろ、当時東京都内にいた被告人宮津芳通から、前記西片支所の建築工事代金の出来高払の一部として、三〇〇万円を至急支払って欲しいとの要請を受けたが、前記丸宮建財株式会社に対しては、当時四七〇万円を前渡金として既に支払っており、一方工事の進捗状況はそのころ二〇パーセント程度の出来形に過ぎず、右西片支所の建築請負契約の条項中出来高払いの条項によれば、右出来形に対しては精々合計一五九万八、〇〇〇円程度の支払しかできないことは明らかであり、また右丸宮建財は、当時甚だ経営に窮し、その代表取締役である被告人宮津も東京へ金策などに赴いている状態であったから、前記任務を有する被告人大塚としては、右要請に応ずるとしても前記契約条項に則り工事出来形を厳密に査定したうえ、その条項所定の基準により正当に算出をした金額を限度として出来高払いをなすべきであるのに、従来の行き掛り上被告人宮津の右要請を容れ、同被告人と共謀のうえ、自己の任務に背き被告人宮津の利益を図る目的をもって、同月三一日、前記市農協事務所において、右会社に対し出来高払いの名目で三〇〇万円を支払い、もって市農協に対し、適正に支払われるべき出来高払金一五九万八、〇〇〇円との差額一四〇万二、〇〇〇円相当の財産上の損害を加えた。

第三、被告人大塚泰蔵は、

(一)市農協の組合員である片岡砂吉の市農協に対する債務不履行により、右債務の担保物件である長崎市城山町一丁目一番地二〇五所在の映画館を先に市農協が競売によって取得し、これを昭和三四年一一月二四日、有限会社城山映画劇場(代表取締役山崎憲明)に代金三四〇万円で転売したため、同日、同被告人において同人から右代金全額の支払いを受け、これを市農協のため業務上預り保管中、同日、前記市農協事務所において、右金員のうち四〇万円を自己の用に供するため擅に着服して横領した。

(二)同三七年一一月ごろ、市農協の理事会において、同被告人の右(一)の領得事実が話題にのぼるなどしたため、同被告人は止むなく、右同額の四〇万円を市農協に返戻したが、昭和三八年四月四日ごろ、右損失を補てんするため四〇万円をさらに領得しようと考え、前記市農協事務所において擅に情を知らない同組合総務課長直田統一をして、同被告人の業務上保管にかかる市農協の資金のうちから四〇万円の出金手続をとらせ、長崎県信用農業協同組合連合会の自己の普通預金口座に四〇万円を入金させてこれを着服横領した。

(三)前記第二の(三)の(2)記載のとおり、前記丸宮建財株式会社に対し、市農協西片支所の請負工事前渡金及び出来高払金として、既に合計七七〇万円を支払ったにも拘らず、右会社は工事出来形約三〇パーセントの段階で、昭和三九年四月二六日倒産し、同会社の手では最早工事の完成が不能となったので、被告人としては当初の工事請負代金残額六四〇万円をもって、残工事を同会社の工事保証人である株式会社長崎土建工業所(代表取締役増崎志寿男)及び株式会社親和土建(代表取締役林田武)に引き継がせて、前記請負契約にかかる工事を完成させねばならないのに、右長崎土建工業所及び親和土建の利益を図る目的をもって両会社に残工事の履行を請求すべき任務に背き、昭和三九年五月三日、前記市農協の事務所において、右工事につき、前記丸宮建財のもとで従前下請工事をしていた長浜信良と新らたに前記六四〇万円の請負代金残額に二五〇万円を加えた合計八九〇万円をもって、西片支所の残工事の請負契約を締結し、市農協に対し右二五〇万円の支払義務を負わせて右同額の財産上の損害を加えた。

(四)前記西片支所の建築工事を丸宮建財株式会社に請負わせたことに対する謝礼として、昭和三九年二月一一日、前記宮津芳通から受取った同人振出の額面一〇〇万円の小切手が、同年四月一一日不渡りとなったため、その損失の補てんをしようと考え、自己の利益を図る目的をもって前記任務に背き、同年六月二日、前記市農協の事務所において、市農協理事楠本種次郎らに対し、同被告人が先に同年二月一〇日市農協に対し一坪二万七、〇〇〇円で売却し、既に代金の支払いを受け終った前記西片支所の敷地七四坪三合八勺の右売買契約を、何ら変更する合理的な理由がないのに、坪当り四万円に変更したいと提案し、情を知らない同理事等の承諾を求め、市農協の買入単価の変更に理事会の同意があったような外形を整え、同月三日、前記市農協事務所において、市農協の経理担当係員に、九六万六、九四〇円の支出をさせ、もって市農協に右同額の財産上の損害を加えた。

(五)従前同被告人が所轄税務署に対し申告していた、配当、不動産、給与の三所得以外の、貸付金の利息等の雑所得、その他臨時の所得について、その収入を秘匿して所得税を免れようと考え、

(1)昭和四〇年三月一五日ごろ、長崎市魚の町六番一六号所在の所轄長崎税務署において、同署長に対し、昭和三九年度における所得税の確定申告をするに際し、情を知らない市農協の職員直田統一を介して、右同年度中の総所得金額は一、四六九万八、二一七円(これに対する所得税額は五三〇万二、一二〇円)であるのに、別表(一)記載の貸付金利息、市農協資金貸付の際の謝礼金などの雑所得合計八〇九万七、二六〇円の所得を秘匿したうえ、その総所得金額を六六〇万〇、九五七円(これに対する所得税額は九七万六、二八〇円)と虚偽の記載をした所得税確定申告書(昭和四三年押第一〇三号、三)を提出し、もって不正の行為により正規に納入すべき所得税額と、右申告にかかる虚偽の総所得金額にもとづき算出される所得税額との差額四三二万五、八四〇円の所得税を免れた。

(2)昭和四一年三月一五日ごろ、前記長崎税務署において、同署長に対し、昭和四〇年度における所得税の確定申告をするに際し、情を知らない前記直田統一を介して、右同年度中の総所得金額は四、九一三万七、〇二三円(これに対する所得税額は二、六七八万五、〇七〇円)であるのに、別表(二)記載の貸付金利息、市農協資金貸付の際の謝礼金などの雑所得、その他土地の譲渡所得等合計四、二四一万六、九四五円の所得を秘匿したうえ、その総所得金額を六七二万〇、〇七八円(これに対する所得税額は一〇六万九、三五〇円)と虚偽の記載をした所得税確定申告書(前同押号、四)を提出し、もって不正の行為により正規に納入すべき所得税額と、右申告にかかる虚偽の総所得金額にもとづき算出される所得税額との差額二、五七一万五、七二〇円の所得税を免れた。

第四、被告人宮津芳通は、秋山善三郎名義の市農協に対する金額六〇万円の定期貯金証書(昭和四一年押第一三九号、一二)がたまたま自己の手許にあったことを奇貨とし、柴田義秋と共謀のうえ、右証書が実質上市農協の右秋山に対する合計二、〇〇〇万円の貸金の担保となっていて、このため譲渡、質入等の処分が禁じられており、また同被告人において右被担保債権を消滅させる資力がないため、右預金証書は何ら担保価値を有しないものであることを知り乍ら、同被告人が右秋山になりすまし、これを担保として金銭貸借名下に他から金員を騙取しようと考え、昭和三九年一二月四日、長崎県島原市七、一八三番地所在の東洋金融株式会社において、同会社専務取締役横田要に対し、右の事情を秘して、恰も同被告人が秋山善三郎本人であるように装い六〇万円の借用方を申し込み、同日、同所において、行使の目的をもって擅に債務者として秋山善三郎の氏名を冒書し、その名下に有合せ印を押捺し、借用金額を六〇万円、返済期限を昭和四〇年三月三一日とした同人名義の右会社宛の借用金契約書一通(前同押号、一一)を偽造したうえ、直ちにこれを真正なもののように装い右横田に差し入れて行使するとともに、前記定期預金証書一通を十分な担保価値を有するもののように装い、右債務の担保として同人に交付し、同人をして、秋山善三郎本人が担保価値を有する右証書を提出して借入れをするものと誤信させ、よって、即時、同所において、同人から金銭貸借の名下に六〇万円の交付を受けてこれを騙取した。

ものである。

(証拠の標目)

1.以下において昭和四一年(わ)第六九号、第九七号、第一三七号、第一四六号事件を「背任等事件」と、昭和四二年(わ)第四二六号事件を「税法違反事件」と略称する。

2.公判調書中の供述部分の特定については、例えば「第一回公判調書中の供述部分」は、「〈1〉公判調書供述部分」と略記する。

3.以下に挙示する証拠は大部分が昭和四一年中に作成されたものであるから、その特定に関し、同年度中の分は年の表示を省略し単に月日のみで表示し、年・月・日の記載を省略して「四二・一・一」のように表示する。

4.同日付同種証拠の特定については公判調書中の証拠カード記載の請求番号を単に「(〈3〉)」のようにかっこ書きで略記する。

5.司法警察員に対する供述調書については「員調」、検察官に対する供述調書は「検調」とそれぞれ略記する。

6.証拠中特定の被告人のみについて証拠となるものについては単に「(大塚関係)」の如くかっこ書きで表示する。右表示のない証拠は関係被告人全部に関する証拠である。

判示一の事実について(以下判示第三の(四)迄及び判示第四は背任等事件であってその公判調書は右事件名を省略し単に前記略号のみで表示する)

一、被告人大塚の

(イ)〈37〉公判調書供述部分

(ロ)3・1付員調(〈167〉)(大塚、宮津関係)

一、被告人木村の

(イ)〈41〉公判調書供述部分

(ロ)2・28付(〈107〉)・3・3付各員調(木村関係)

一、被告人宮津の2・12付、2・18付各員調(宮津関係)

判示一及び同二の第一、第二、第三、の(一)ないし(四)の各事実について

一、証人浦繁蔵の〈4〉、同高谷清蔵の〈16〉、同久保保、同吉田武、同田中庄三郎、同本吉金三郎の各〈17〉各公判調書供述部分

一、橋本康の3・5付、3・7付、3・12付、3・14付、丸勢昇(五通)、直田統一の3・2付、3・8付、浦川徳市の3・23付、3・25付、林田金太郎の3・16付、小島恒一、田添貢、本多日出森の各員調

一、押収してある長崎市農業協同組合定款一通(昭和四一年押第一三九号、六五)

判示二の第一の事実について

一、被告人大塚の

(イ)〈15〉・〈23〉各公判調書供述部分

(ロ)3・6付、3・7付、3・14付(二通〈118〉・〈119〉)、3・15付各員調(大塚、宮津関係)

(ハ)3・20付検調(大塚、宮津関係)

一、被告人木村の

(イ)〈12〉、〈14〉、〈15〉、〈24〉、〈33〉、〈37〉、〈41〉、〈42〉各公判調書供述部分

(ロ)3・3付、3・4付、3・6付、3・13付、4・11付各員調(木村、宮津関係)

(ハ)3・20付(二通)検調(木村、宮津関係)

一、被告人宮津の

(イ)〈12〉、〈13〉、〈33〉、〈41〉、〈42〉各公判調書供述部分

(ロ)3・2付、3・12付、2・16付、2・17付(〈104〉)各員調(宮津関係)

(ハ)3・19付、3・20付各検調(宮津関係)

一、証人吉良馬次郎の〈3〉、〈4〉、同野中アキの〈6〉、同石川貫一の〈9〉、同楠本種次郎、同橋本康、同荒木光、同藤沢清治の各〈10〉、同松尾正夫の〈11〉、〈12〉、同宮崎君代、同山崎政一の各〈12〉、同金太煥の〈13〉、同浦川徳市の〈24〉、同古瀬帝の〈35〉各公判調書供述部分

一、浦川政市の3・4付、寺田実の3・15付、笹山輝治、佐々木房男、安達健治、松島久美子、植木美恵子、荒木光の3・5付、松尾芙味子、高木繁、吉井和雄、木村俊子の各員調

一、松島昇の3・17付、3・18付、3・20付各検調

一、岡本新一作成の鑑定書

一、裁判所書記官作成の判決書 (写)

一、中村達作成の訴状 (写)

一、登記官作成の登記簿謄本3・4付(〈66〉)、2・14付(〈72〉)各一通

一、司法警察員作成の3・4付捜査関係事項照会書

一、押収してある積立貯金台帳一五枚、競売関係綴一綴、計算書一冊、根抵当権設定契約証書一通、金銭借用証書四通(順次前同号、五七ないし六一)、昭和三八年度伝票綴七冊(同号六六ないし七二)、同三九年度伝票綴四冊(同号七三ないし七五)

判示二の第二の(一)の事実について

一、被告人大塚の

(イ)〈2〉公判調書供述部分

(ロ)3・4付、3・5付、3・20付、3・26付各員調

(ハ)4・23付検調

一、被告人宮津の

(イ)〈44〉、〈46〉各公判調書供述部分

(ロ)2・18付、3・5付、3・23付各員調(宮津関係)

(ハ)4・20付、4・21付(二通)、4・27付各検調(右同)

一、証人倉重祥弘、同芦沢修、同石橋富雄の各〈7〉、同小島喜代雄、同林田武、同石橋一雄の〈8〉各公判調書供述部分(但し石橋一雄分は大塚関係のみ)

一、当裁判所に対する証人石橋一雄の尋問調書(宮津関係)

一、福島武、松田寿子の各員調

一、杉山俊蔵の4・28付、4・30付各検調

一、登記官作成の2・12付(〈279〉)登記簿謄本

一、十八銀行観光通支店長作成の2・15付回答書(〈280〉)

一、同銀行公会堂前支店長作成の2・18付回答書(〈282〉)

一、司法警察員作成の2・15付(〈281〉)、同3・3付(〈284〉)各捜査報告書

一、押収してある預り証(名刺)、覚書、支払条件打合事項書各一枚、見積書四枚、売買契約書一通、領収証一枚(順次前同号一ないし六)

判示二の第二の(二)の事実について

一、被告人大塚の

(イ)〈29〉・〈35〉各公判調書供述部分

(ロ)3・1付(〈168〉)、3・2付、3・3付、3・11付、3・12付、3・13付各員調

(ハ)3・19付検調

一、被告人宮津の

(イ)〈18〉、〈19〉、〈37〉各公判調書供述部分

(ロ)2・15付、2・17付(〈160〉)、2・18付、2・23付、2・28付、3・8付、3・13付各員調(宮津関係)

(ハ)3・17=18両日付検調(右同)

一、証人橋本康、同荒木光、同楠本種次郎の各〈17〉、同山本竜市、同木村俊次郎の各〈18〉、同浦川徳市の〈21〉各公判調書供述部分

一、草野芳夫、岡田昭吾、麻生政一、砂山清進、後藤文二、吉村秀幸、山口孝彦(三通)、山口律子の各員調

一、草野芳夫、麻生政一、砂山清進(二通)、吉村秀幸(三通)、山口孝彦(二通)の各検調

一、十八銀行東京支店長作成の2・24付回答書(〈148〉)

一、司法警察員作成の3・1付(〈144〉)、2・18付(〈145〉)各捜査報告書

一、押収してある支払命令関係書類綴一綴、株券四三八枚、株券、手形貸付台帳一冊、昭和三八年度当座小切手帳控一冊、同年度伝票各一冊(順次前同号三五ないし四〇)

判示二の第二の(三)の(1)、(2)及び同第三の(三)、(四)の各事実について

一、被告人大塚の

(イ)〈35〉、〈46〉各公判調書供述部分

(ロ)3・23付、3・24付、3・25付、4・1付(二通)各員調

(ハ)4・26付、4・27付各検調

一、被告人宮津の〈32〉、〈40〉各公判調書供述部分

一、証人橋本康、同直田統一、同辻義人の各〈20〉、同楠本種次郎の〈21〉、同林田金太郎の〈22〉、〈25〉、〈34〉、同浦繁蔵の〈26〉、同岩崎佐嘉恵の〈26〉と〈30〉同田中庄三郎の〈27〉各公判調書供述部分

一、十八銀行公会堂前支店長作成の40・12・21付照会回答書

一、登記官作成の3・23付登記簿謄本(〈207〉)

一、押収してある昭和三九年二月八日開催「役員会議事録」(前同号、四二)小切手(一〇〇万円)一枚、同(五〇万円)一枚、長崎市農協西片支所新築工事契約書(請負者丸宮建財)一綴(順次同号四五、四六、四七)、西片支所建築の確認申請書一通、同構造計算書一通(順次同号四九、五〇)

判示二の第二の(三)の(1)、(2)の各事実について

一、被告人宮津の

(イ)3・15付、4・2付各員調(宮津関係)

(ロ)4・22付、4・23付、4・25付各検調(右同)

一、山崎末雄の4・13付検調

判示二の第二の(三)の(2)及び同第三の(三)の各事実について

一、証人林田武の〈28〉、同長浜信良、同増崎志寿男の各〈30〉各公判調書供述部分

一、検察官作成の4・12付電話聴取書

判示二の第二の(三)の(1)の事実について

一、証人森衡二郎、同小西忠徳の各〈27〉各公判調書供述部分

一、押収してある昭和三九年五月三日開催「役員会議事録」一通(前同号、四三)

判示二の第二の(三)の(2)の事実について

一、押収してある債権譲渡承諾書、債権譲渡契約証書各一通(順次前同号五一、五二)

判示二の第三の(三)の事実について

一、増崎志寿男作成の照会回答書

一、押収してある長崎市農協西片支所新築工事契約書(請負者長浜信良)一通(前同号、四八)工事解約及び引継書一通(同号、六四)

判示二の第三の(四)の事実について

一、押収してある昭和三九年一月一三日開催「役員会議事録」一通(前同号、四一)同年六月二日開催「役員会議事録」一通(前同号、四四)、売買契約書二通(同号、六二、六三)

判示二の第三の(一)、(二)の各事実について

一、被告人大塚の

(イ)〈2〉、〈40〉公判調書供述部分

(ロ)3・28付、3・29付、4・4付各員調

(ハ)4・9付検調

一、証人直田統一の〈8〉、〈40〉、同木村俊次郎、同辻義人の各〈8〉、同石川貫一の〈9〉、同山崎憲明の〈17〉各公判調書供述部分

一、片岡砂吉の4・7付検調

一、登記官作成の3・5付(〈328〉)、3・11付(〈329〉)、登記簿謄本各一通

一、長崎税務署長作成の4・1付照会回答書

一、裁判所の競落許可決定(写)

一、押収してある仮受仮払金台帳(三四年度分)一冊、伝票綴(三四年八月一〇日-一五日)一綴、昭和三四年度元帳一冊、昭和三四年度総勘定元帳一冊(前同号一五ないし一八)

判示二の第三の(五)の(1)、(2)の各事実について

(以下は税法違反事件の証拠であるから、公判調書の特定については特に事件名を付することなく単に前記略号によって右事件の公判回数を表示する。なお大蔵事務官に対する供述調書については蔵調と略記する。)

一、被告人の

(イ)当公判廷における供述

(ロ)〈1〉公判調書供述部分

(ハ)11・16付(二通)、11・17付(二通、〈144〉、〈145〉)、12・13付(〈149〉)、12・14付(〈150〉)、421・18付、42・1・19付、42・1・20付、42・3・10付(二通)の各蔵調

(ニ)上申書(四通)

一、証人直田統一、同柴田義秋、同山下中の当公判廷における各供述

一、証人宮津芳通の

(イ)当公判廷における供述

(ロ)〈6〉公判調書供述部分

一、証人宮津芳通に対する当裁判所の尋問調書

一、大蔵次務官作成の所得税の脱税額計算書

一、長崎県信用農業協同組合連合会(以下県信連と略称)職員互助会立野好子作成の9・28付証明書

一、株式会社十八銀行(以下単に銀行名のみで表示)本店営業部長作成の9・26付証明書

一、十八銀行公会堂前支店長作成の12・16付上申書

一、市農協広報宣伝部長作成の42・1・18付証明書

一、長崎銀行協会常務理事作成の42・3・7付上申書

一、三菱銀行長崎支店長作成の9・27付上申書

一、親和銀行長崎支店長作成の10・14付上申書

一、十八銀行本店営業部長作成の42・1・20付証明書

一、県信連会長作成の42・1・17付上申書

一、市農協広報宣伝部長作成の42・1・17付の上申書

一、親和銀行長崎支店長作成の42・1・21付証明書

一、親和銀行長崎支店作成の定期預金元帳、普通預金元帳(各一枚、何れも写)

一、日本勧業銀行長崎支店次長作成の証明書

一、肥後銀行長崎支店長作成の証明書

一、市農協広報宣伝部長作成の42・1・18付上申書

一、十八銀行本店営業部長作成の9・26付証明書

一、長崎合同証券株式会社代表取締役作成の上申書

一、日興証券株式会社長崎支店長作成の上申書

一、大蔵事務官作成の7・12付、7・13付各検査てん末書

一、大蔵事務官作成の42・1・20付証明書(〈110〉)

一、長崎市納税課長作成の42・1・25付回答書

一、十八銀行公会堂前支店長作成の12・16付証明書

一、柴田義秋の12・16付、42・1・21付、直田統一の42・3・9付、大塚トシ子の1・19付、宮津芳通の12・5付、12・11付(〈96〉)、42・3・7付各蔵調

一、押収してある約束手形一枚(額面五〇万円)(昭和四三年押第一〇三号、一一)(以下符号のみを表示する)、約束手形一枚(額面五〇万円)(一二)、定款、創立関係書類一綴(一三)、委任状外綴一綴(一四)、振込入金通知書一枚(三三)、三八年度市農協元帳一冊(四六)、大塚泰蔵分貯金元帳二一枚(五六)、貸付精算書(六八、六九)各一冊、戸石の登記権利証関係書類一綴(七二)、戸石の計算書類関係書類一綴(七四)、戸石関係の書類一綴(七七)、昭和三八年度分の所得税の確定申告書一部(一一〇)、同右修正申告書一枚(一一一)、同右更正決議書一枚(一一二)、同右加算税の賦課決定決議書一枚(一一三)、昭和三九年度分の所得税の修正申告書一枚(一一四)、同右加算税の賦課決定決議書一枚(一一五)

判示二の第三の(五)の(1)の事実について(昭和三九年度分)

一、十八銀行公会堂前支店梅本和郎作成の12・16付上申書(〈79〉)

一、野村証券株式会社長崎支店長作成の上申書

一、十八銀行住宅融資部長作成の上申書

一、長崎土建工業所代表取締役作成の上申書

一、長崎駅前観光バスセンター代表者作成の上申書

一、芦沢庫介作成の上申書

一、押収してある昭和三九年度分所得税確定申告書(大塚トシ子分)一綴(前同押号、一)、右同(被告人分)一綴(三)、売渡証(六通)(五)、元帳一冊(九)、領収証一枚(四二万三〇〇円の分)(一〇)、登記簿謄本一綴(三六)、三八年度市農協補助簿一冊(四六)、宅地登録簿謄本一部(五二)、登記済権利証一部(五三)、メモ一枚(五四)、大塚トシ子貯金元帳(七枚)(五七)、登記済権利証外不動産売買契約書一綴(九六)、経費領収書一冊(七一)、約束手形一枚(額面一〇〇万円)(七八)、約束手形一枚(額面一五〇万円)(八〇)、約束手形一枚(額面二五〇万円)(八一)、約束手形一枚(額面一五〇万円)(八二)、約束手形一枚(額面一〇〇万円)(八三)、約束手形一枚(額面六九〇万円)(八四)、約束手形一枚(額面三〇〇万円)(八五)、約束手形一枚(額面三八五万円)(八六)、約束手形一枚(額面一二〇万円)(八七)、約束手形一枚(額面一〇〇万円)(八八)、約束手形一枚(一〇〇万円)(八九)、約束手形一枚(額面一五〇万円)(九〇)、宮津の確約書関係の内念書一枚(九七)、約束手形一枚(額面七五〇万円)(一〇二)、右同一枚(額面八〇〇万円)(一〇三)、右同一枚(額面二〇〇万円)(一〇四)、右同一枚(額面一〇〇万円)(一〇五)、右同一枚(額面三五〇万円)(一〇六)、右同一枚(額面三〇〇万円)(一〇七)、右同一枚(額面一〇〇万円)(一〇八)、小切手一枚(額面三〇〇万円)(一〇九)、約束手形一枚(額面三〇〇万円)(一一八)、右同一枚(額面二五〇万円)(一一九)

貸付金収入利息について

一、被告人の12・15付(〈154〉)、12・16付(〈156〉)、12・16付(〈157〉)、12・17付各蔵調

一、証人寺田力の〈7〉公判調書供述部分

一、昭和四一年(わ)第九七号事件(被告人松島昇)の第七回公判調書中の証人大塚泰蔵の尋問調書

一、十八銀行本店営業部長作成の9・26付証明書(〈62〉)

一、同銀行公会堂前支店長作成の9・29付証明書(〈63〉)

一、押収してある元帳一冊(前同押号一六)、銀行勘定帳一冊(一九)、諫早土地関係合意趣旨の確認書一綴(四五)、約束手形一枚(額面一、六〇〇万円)(四八)、右同一枚(額面一五〇万円)(五〇)、誓約書一枚(五一)、貸付精算書一冊(六七)、約束手形一枚(額面二〇〇万円)(七六)、右同一枚(額面一〇〇万円)(七八)、諫早土地関係書類一袋(九四)

市農協貸付に対する貸付謝礼金について

一、被告人の12・18付(〈147〉)蔵調

一、証人松島昇の〈5〉、同寺田力の〈7〉各公判調書供述部分

一、今福順子、川上弦雄、東山多賀一、植松鉄三郎、樋口謹之助、田辺高繁、堀川稔、片岡砂吉の各蔵調

一、押収してある貸付精算書一冊、(六七)

個人貸付に対する貸付謝礼金について

一、被告人の12・15付(〈154〉)、12・16付(〈156〉)、12・17付各蔵調

一、証人寺田力の〈7〉公判調書供述部分

一、十八銀行本店営業部長作成の9・26付証明書(〈62〉)

一、同銀行公会堂前支店長作成の9・29付証明書(〈63〉)

一、押収してある約束手形一枚(額面一、六〇〇万円)(前同押号四八)

市農協工事謝礼金について

一、被告人の12・13付(〈148〉)蔵調

一、証人山崎末雄の〈7〉公判調書供述部分

判示二の第三の(五)の(2)の事実について(昭和四〇年度分)

一、証人松島昇の

(イ)当公判廷における供述

(ロ)〈5〉公判調書供述部分

一、十八銀行公会堂前支店長作成の9・29付証明書(〈77〉)

一、右同支店梅本和郎作成の12・16付上申書(〈79〉)

一、協栄生命保険株式会社川井三郎作成の証明書

一、十八銀行本店営業部長作成の42・3・9付証明書

一、親和銀行大波止支店長作成の9・28付証明書

一、押収してある昭和四〇年度所得税確定申告書(大塚トシ子分)一綴(前同押号、二)、右同(被告人分)一綴(四)、約束手形半片二枚(七)、領収証綴一綴(八)、昭和四〇年度現金出納簿一綴(二一)、昭和四〇年度当座預金元帳一綴(二二)、支払証明書一通(二六)、右同一通(三〇)、電信当座口振副報告書一枚(三一)、メモ一枚(三二)、事業外費用役員退職金一綴(三五)、誓約書一枚(五一)、印鑑一個(塚本名牛骨製)(五五)

貸付金収入利息について

一、被告人の11・18付(〈146〉)、12・15付(〈152〉)、同日付(〈154〉)、12・16付(〈156〉)、12・17付各蔵調

一、証人寺田力の〈7〉公判調書供述部分

一、小島喜代雄、倉重祥弘の各蔵調

一、倉重祥弘外一名作成の上申書

一、松島漁業作成の上申書

一、農林中央金庫長崎支所総務課長作成の9・29付上申書

一、十八銀行本店営業部長作成の11・14付証明書

一、九州相互銀行大波止支店長作成の1・21付上申書(〈71〉)

一、検察事務官作成の登記済権利証謄本各一綴

一、押収してある漁業権に関する書類一綴(前同押号、一五)、元帳一冊(一七)、元帳一冊(一八)、銀行勘定帳一冊(二〇)、小切手一枚(額面五二万五、〇〇〇円)(二三)、領収証一枚(二四)、支払証明書一枚(二五)、振替伝票仮払金一枚(二七)、支払伝票一枚(二八)、宿泊明細一枚(二九)、小切手一枚(額面一五〇万円)(四九)、約束手形一枚(額面一五〇万円)(五〇)、ノート一冊(五九)、小切手帳控一冊(六一)右同一冊(六二)、右同一冊(六三)、右同一冊(六四)、右同一冊(六六)、農協計算書二枚(九一)、当座小切手帳一冊(九二)、領収証一枚(九三)、諫早土地関係書類一袋(九四)

市農協貸付に対する貸付謝礼金について

一、被告人の11・18付(〈147〉)蔵調

一、片岡砂吉、戸村利之助、末吉金三郎、西崎熊吉、森田盛章、山下栄吉の各蔵調

一、農林中央金庫長崎支所総務課長作成の9・29付上申書

銀行融資あつせん謝礼金について

一、被告人の11・18付蔵調(〈146〉)

一、十八銀行本店営業部長作成の42・3・8付上申書

一、農林中央金庫長崎支所長作成の9・29付証明書

一、農林中央金庫長崎支所総務課長作成の9・29付上申書

一、押収してある小切手帳控一冊(六〇)、右同一冊(六三)、右同一冊(六五)

会長手当名義の謝礼金について

一、被告人の11・18付蔵調

一、押収してある念書一枚(前同押号、五八)、小切手帳控一冊(六〇)、右同一冊(六二)

玉木学園土地仲介謝礼金について

一、被告人の12・15付蔵調

一、証人玉木ますみ、同上田徳蔵の各〈8〉公判調書供述部分

一、証人林田金太郎、同秋山善三郎の当公判廷における各供述

一、証人秋山善三郎の〈7〉公判調書供述部分

一、川口春市、内藤重雄、溝口和三郎、松尾忠太郎、前田久喜、津場貞雄(二通)の各蔵調

一、県信連職員互助会理事長作成の9・2付証明書

一、親和銀行浜町支店長作成の9・2付証明書

一、県信連資金課長作成の9・2付上申書

一、押収してある金銭出納簿一冊(前同押号・三八)、八月分領収書綴一綴(三九)、一〇月分領収書綴一綴(四〇)、小切手帳控一冊(四一)、右同一冊(四二)、領収証二枚(四三、四四)

市農協不動産払下げ謝礼金について

一、被告人の12・15付蔵調(〈153〉)

一、証人秋山善三郎、同林田金太郎の当公判廷における各供述

一、証人秋山善三郎の〈7〉公判調書供述部分

市農協特別賞与支給に関する取得分について

一、被告人の12・16付(〈155〉)蔵調

一、証人浦繁蔵の当公判廷における供述

一、直田統一の7・20付、11・15付各蔵調

一、右同人作成の7・21付回答書

一、市農協組合長理事作成の45・4・6付捜査関係事項照会回答書

寺田力よりの恐喝取得金について

一、証人寺田力の〈7〉公判調書供述部分

一、押収してある農協計算書二枚(九一)、領収証一枚(九三)

桜町宅地の譲渡収入について

一、被告人の7・15付、12・14付(〈151〉)各蔵調

一、証人秋山善三郎の

(イ)当公判廷における供述

(ロ)〈7〉公判調書供述部分

一、証人辻義人の当公廷における供述

一、小川源松の蔵調

一、押収してある宅地所有権移転明細一通(前同押号、六)、桜町土地関係登記書類一綴(三四)、桜町土地関係のうち登記済権利書、不動産売買契約書一綴(七〇)、桜町土地関係書類一綴(七三)、伝票綴一冊(九八)、普通貯金通帳一冊(九九)、右同一冊(一〇〇)

一、小川源松の45・3・11付検調

一、親和銀行長崎支店長作成の42・1・20付証明書

一、長崎県税事務所長作成の42・3・9付証明書

一、押収してある領収証一枚(前同押号一〇一)

勝山町外宅地の譲渡収入について

一、被告人の11・17付(〈143〉)、42・1・21付各蔵調

一、証人秋山善三郎の

(イ)当公判廷における供述

(ロ)〈7〉公判調書供述部分

一、倉本長年、飯嶋博、大塚トシ子の各蔵調

一、倉本長年作成の証明書

一、十八銀行本店営業部長作成の9・10付証明書

一、富士銀行長崎支店長作成の9・12付証明書

一、押収してある不動産売買契約書一綴(前同押号、三七)、ノート一冊(五九)、不動産売買契約書一通(九五)

判示二の第四について

一、被告人宮津芳通の

(イ)背任等事件〈1〉公判調書供述部分

(ロ)2・11付、2・12付、2・19付各員調(〈265〉、〈266〉、〈267〉)

(ハ)3・3付検調(〈268〉)

一、横田要、秋山善三郎の40・11・8付、40・11・11付、3・1付、木村俊次郎の40・11・8付、小川源松の3・1付(二通)、柴田義秋の40・11・10付各員調

一、横田要、柴田義秋の3・2付各検調

一、押収してある借用金契約書、定期貯金証書各一通、委任状、紛失届各一枚(順次昭和四一年押第一三九号、一一ないし一四)

(公訴事実について)

検察官は、旧所得税法違反被告事件について、昭和三九年度における被告人大塚の総所得は一、四八三万三、二一七円であったと主張するのであるが、当裁判所は前判示のとおりこれを一、四六九万八、二一七円と認定した。

右主張額と認定額の差額一三万五、〇〇〇円は、宮津芳通に対する貸金の利息収入の金額であって、前掲関係証拠によれば、被告人大塚は、昭和三五年一〇月二二日、被告人宮津に対し一五〇万円を月三分の利息で貸し付けていたが同人が昭和三九年四月下旬倒産したため、昭和三九年度においては、同年一月ないし三月の三ケ月間の利息合計一三万五、〇〇〇円のみを受領したに留ったと認められる。

しかし乍ら、被告人大塚の当公判廷における供述、証人宮津芳通の当公判廷における供述、大蔵事務官作成の所得税の脱税額計算書を綜合すると宮津の倒産時において、同被告人は同人に対し合計約二、〇〇〇万円を超える厖大な貸金等の債権を有していたが、同人の倒産によってその回収が不能となった事実が認められ、かように厖大な貸倒債権を有するものは、その元本債権からえた右程度の利息金について、これが同人との間における実質的意味合いの収益に当るとの認識を欠くのが通常であろうと考えられ、従って右利息金収入については、公訴事実記載の確定申告時において、同被告人が果してこれを捕脱する旨の認識を有していたか否かについては多分に疑問の存するところである。

ある所得の益金性、非損金性についての錯誤は、一般に故意を阻却しないと解すべきであるが、右のような場合にあっては、被告人がこれを実質上の収入に当らないと考えたことには相当な理由があると考えられ、以上によれば、右の収益については、ほ脱の犯意の存在について合理的な疑いが存するものとしてこれを認定しなかった。

(弁護人らの主張に対する判断)

一、判示二の第一の事実について

(一)弁護人らは何れも被告人らの犯意を争い、

(1)被告人らは、当時本件土地につき処分禁止の仮処分の登記がなかったから、仮りに松島が「浜よし」に敗訴しても、本件土地に関する限りその根抵当権は有効であると考えていたこと、

(2)また「浜よし」と松島との間の詐害行為取消訴訟が第三者である市農協に何らの影響を及ぼさないことは当然であり、仮に「浜よし」が市農協を相手どって訴訟に及んだとしても、市農協の悪意の立証は困難であるから、被告人らが当時右(1)のように考えたことには相当の理由があったこと、

(3)さらに、市農協が本件根抵当権を設定したのち、長崎信用金庫が本件土地に千数百万円の根抵当権を設定したほか、他にも抵当権を設定したものがあること、

(4)本件土地の価格は、昭和三八年四月一六日当時、約五、九九七万四、〇〇〇円と評価されていたこと、などの諸点からみれば、被告人らについて、本件当時、六〇〇万円の貸付により、市農協に損害を与える旨の認識は全くなく、而して市農協は、当時七億円余の資金を有し、その貸付に困っていた位であるので、資金運用上の損害についても、具体的な支障を来たす虞れはなかったものであって、結局本件六〇〇万円の貸付は、「浜よし」、松島間の訴訟を和解により早期かつ有利に解決すべく、その工作の費用として支出したものであって、主として、市農協の利益を計る目的に出たものであるから、被告人らは無罪である。

(二)又、被告人木村の弁護人は、

同被告人は、独自の貸付権限がなく、被告人大塚、同宮津間で取り決めたことを単に手続上履践したに過ぎないから、同被告人については背任罪は成立しない。

と、それぞれ主張する。

(三)そこでこれらの点について判断する。

(1)前掲関係証拠によれば、前判示のとおり、本件貸付の以前において、本件土地建物につき、「浜よし」の代表者野中友作から松尾正夫ほか五名に対し、建物のみについて処分禁止の仮処分がなされたうえ、所有権移転登記請求訴訟が提起され、次いで右土地及び建物について、昭和三七年一二月二一日、右野中から松島昇を被告として詐害行為取消訴訟が提起され、同日、本件土地について処分禁止の仮処分がなされたことが認められるが、さらに証人松島昇の3・17付検調(第二〇項)、同人の〈23〉公判調書、供述部分、被告人木村の3・20付検調(木村、宮津関係)、被告人宮津の〈33〉公判調書供述部分によれば、本件六〇〇万円の貸付前に、松島は被告人宮津に対し、松尾が「浜よし」側に寝返り「浜よし」に土地を売ったが、松島には売っていないと言い出しているから訴訟に負けるかも知れないと伝え、同被告人は、この旨をその頃被告人大塚及び木村に伝えた事実が認められる。ところで、前掲関係証拠によれば、松島が本件物件を購入したのは、短期間のうちにこれを転売して利益をうる投機的売買の目的からであったことが看取され、昭和三六年八月一七日、そのための資金として市農協から一、〇〇〇万円を借り受けたのであるが、当初その利息は月一分七厘、返済期日は昭和三七年二月一七日と約定し乍ら、利息の支払は愚か返済期日においても右元金の支払をせず、一方被告人大塚、同木村は元より被告人宮津においても、当初から本件物件購入の右のような目的を知悉していたため、元利金の回収を必ずしも急がなかったものと認められるところ、かような事情にある以上、被告人らの関心が本件物件の早期かつ有利な転売にあったことは疑問の余地がない。従って本件物件に関わる前記各訴訟の推移について、被告人らが重大な関心を有していたであろうことは容易に推認されるところであり、かつ前判示のとおり、当時客観的な情勢としても前記松尾正夫は、「浜よし」の側に加担し、松島に不利な証言をする態度に出ていたと認められるから、被告人らは、本件貸付当時松島が「浜よし」に敗訴する公算が大きいことを知悉していたものと認められる。

(2)而して右のような訴詮の経過に照らせば、市農協の本件物件に対する根抵当権中建物に対する分は、当初の仮処分の登記に遅れる結果「浜よし」に対しその優先権を主張できず、その結果土地に対する分も「浜よし」の正当な使用収益権を甘受せざるを得なくなることは前判示のとおりであって、土地に対する根抵当権の実行につき重大な影響を蒙ることはみやすいところである。弁護人らは、被告人らは、本件土地についてその根抵当権に先立つ仮処分の登記がなかったから、土地に対する根抵当権は有効と考えたというが、仮にそうであったとしても、前記の訴訟の状況に照らせば、右根抵当権の実行が容易でないことはみやすいところであり、市農協の公共的性格、とくにそれが市中の金融機関と異り、農民の協同組織であって、その経済的利益を擁護すべき立場にある機関であることに想いを到せば、その資金の貸付についても、この観点から慎重な態度でことに処すべきであり、かかる場合、その根抵当権に基き新たな貸付を実行すべきでないことは、寧ろ常識に属することといわねばならない。

(3)そればかりではなく、本件土地について正当な権利者が存在する場合の土地のいわゆる底地価格は、本件貸付当時である昭和三八年四月一六日現在において、一、七九九万二、〇〇〇円であり(岡本鑑定書)、又最低競売価格はこれより遅い時期においても一、九〇〇万円(昭和四一年押第一三九号、五八の競売関係書類綴中不動産競売期日通知書)に過ぎないのであって、決して弁護人ら主張のような高額なものではなかったことが認められ、さらに競売期日を重ねるとその価格が逐次低下することは公知の事実でもあり、かかる物件に対しこれのみを担保に新たな貸付をすれば、甚だ危険を伴う結果となることは自明のことというべきである。

(4)又本件土地の登記簿謄本によれば、弁護人ら主張のとおり、市農協の根抵当権設定登記後である昭和三六年一一月一四日、同三七年九月二八日、同年一二月一〇日の三回に亘り、抵当権、根抵当権の設定登記がなされ、とくに同三七年一二月一〇日の分は、金融機関である長崎信用金庫の根抵当権であるが、この場合の債務者は、三信商事株式会社であって松島昇ではなく、松島は単に担保提供者に留るのみならず、右登記は同年一二月二一日、「浜よし」が本件土地について処分禁止の仮処分をなす以前のことであって、その客観的な状況は、本件貸付の際の事情と相違しているのみではなく、市農協の前記性格からすれば、市中の金融機関以上の慎重な注意を払って貸付をなすべきことは当然のことといわねばならないから、右のような事実があるからといって、被告人らの行為を正当化しえないことは当然である。

(5)次に、本件当時市農協に貸付金の余裕があったことは関係証拠により窺われるところであるが、背任罪における財産上の損害の発生については、具体的実害の発生をまつ迄もなく、実害発生の危険がある状態を招致することも財産上の損害にほかならないと解すべきであるから、前判示のような事情のもとにおいては、例え資金運用上の現実の損害がなかったとしても、右貸付行為自体財産上の損害を招く行為と評価するのを妨げないというべきである。

(6)さらに本件六〇〇万円の貸付金が和解工作のための費用として市農協のため貸付けられたものと主張するが、その使途の詳細について何ら調査もしていないし、前記証人松島の供述部分によってもこれが和解工作に使われた形跡はなく、その使途について全く松島の自由に委ねていることが認められるので右主張は失当である。

(7)最後に被告人木村の弁護人の主張については、判示冒頭記載のような同被告人の職責からすれば、同被告人には、本件のごとき貸付をしてはならない任務があったものというべく、現に、本件貸付に先立つ昭和三八年二月上旬松島が直接同被告人に対し、残抵当権の範囲内で貸出して欲しいと要請した際には、直ちにこれを断ってさえいることに徴しても、同被告人が被告人大塚の指示によりその事務手続のみに従事していたとは到底認めることができない。

以上によれば弁護人らのこの点に関する主張は全て採用できない。

二、判示二の第二の(一)の事実について

(一)被告人大塚の弁護人らは、本件三五〇万円の金員は、被告人大塚らが当然請求しうるリベートでありそのようなものとしてこれを請求したに過ぎないし、その手段の点で嘘をついたことは認めるが、取引上許された範囲の手段であって違法性がない、と主張する。

(二)しかし、この点について前掲関係証拠によれば、同被告人らは本件金員のほかに発起人会において、二〇〇万円の金員を会社設立に際しての費用、報酬などとして要求し、うち一〇〇万円が支払われているのであり、証人倉重祥弘、同芦沢修の各〈7〉公判調書供述部分によれば、同人らは右一〇〇万円のほか、さらに同被告人らの要求があれば支払う意思はあったようであるが、二〇〇万円という高額の要求には応じ難い意向を有していたと認められるうえ、自己が中心となって設立した会社ではあっても、一たんこれを設立した以上、役員たる被告人としては会社に対し、誠実にその職務を行うべき立場にあることは自明のことであり、判示のような手段を弄して金員の交付を受けることは、信義誠実に反し、違法な行為たることを免れないといわざるをえないから所論は採用できない。

三、判示二の第二の(三)の(1)の事実について

(一)被告人大塚の弁護人らは、本件については市農協の理事でかつ建築委員である浦繁蔵、林田金太郎、岩崎佐嘉恵らの意見に従ったものであり、仮に当時同人らに相談していなかったとしても後刻理事会を通じて右委員会へ報告をしていたとし、恰も違法性を阻却するもののように主張する。

(二)しかし乍ら、前判示の如く、かような場合は正式に理事会の承認をえなければならず、単に建築委員の了解をえたという丈では足りないのであって、本件について事前又は事後に理事会の正式の承認をえたとの証拠はないから、右主張は採用できない。

四、判示二の第二の(三)の(2)の事実について

(一)被告人大塚の弁護人らは、当時鉄材が値上りしていたことでもあり、又全体として市農協の損害を防止するためしたことであって、該工事の完成を願う心情に発したものにほかならない。丸宮建財が倒産したため結果的には損害を蒙ったが、当時丸宮建財の倒産を予想したものはなく、かつ理事会の承認もあったから違法性はないと主張する。

(二)そこでこの点について判断すると、前掲関係証拠によれば、丸宮建財は昭和三八年暮ごろからその経営が苦しくなり、被告人宮津は、同大塚に融通手形を振り出して貰いその資金繰りをする有様で、本件当時約一、二〇〇万円以上の融通手形を借り受けるに至っていたのみか、本件西片支所建築についても、当初の工事請負代金一、三一〇万円のうち前渡金四七〇万円を除く残額八四〇万円を間もなく十八銀行公会堂支店へ債権譲渡をして融資を受け、とくに昭和三八年中から、脱税の嫌疑で国税局から厳しい追及を受け翌三九年三月上旬には国税局から家宅捜索を受けたりしたためその追及を避けるべく、同三九年三月中には長崎市を離れ東京都内へ所在を晦ましていたものであり、これらのことは被告人大塚も十分承知していたと認められるのであるから、その際、被告人宮津から手形の不渡りを出す旨を告げられたからといって、それが申し込みにかかる三〇〇万円の金員で結局防止しうるものかどうか、又判示の契約条項に違反して超過支払いをするほかには手段がないものかどうかなどの点を熟慮し、仮に丸宮建財の倒産を救うためには、市農協から右の超過支払いするほかないとの判断に達したとしても、契約条項に明らかに違反する支出であるから以上の経過を市農協理事会に説明して十分審議を尽し、その承認を事前にえたうえで支出をなすのが当然であるのにこれを怠り、本件西片支所の工事については、それ迄に被告人宮津から額面合計二〇〇万円の小切手をリベートとして受領しており、かつ前記のように多額の融通手形を振り出している関係上、独断で右三〇〇万円の支払を命じたものと認められる。この点について被告人大塚は、捜査段階から一貫して被告人宮津を助けないと西片支所の工事も進捗しないと考えて支出した旨述べておりこの弁解も一面理由がない訳ではないが、以上によれば、契約条項に反する違法な支出であり、しかも従前からの被告人宮津との私的な交際から生じた行き掛り上、漫然これを救済しようとする動機に主として発したものと認めざるをえない。なお証人林田金太郎の〈22〉同岩崎佐嘉恵の〈26〉各公判調書供述記載によれば、被告人大塚は、右の支出につき事後に理事会に報告をしたと述べており、同年五月三日開催の緊急理事会議事録(昭和四一年押第一三九号、四三)の記載によれば、丸宮建財倒産に伴い工事の続行を長浜信良に委せるかどうかが議題となった際理事の質問を受けて従前の支払状況として市農協参事から説明したことが認められるが、単にそれのみに留って違法な過払いについて改めて議長たる被告人大塚から承認を求めた形跡はなく、又重大な問題であり理事会の招集も事前になしえないことはなかった場合であると認められるから、右のような事後報告では足りないものというべきである。

以上によれば右主張は何れも採用できない。

五、判示第三の(一)の事実について

(一)被告人大塚の弁護人らは、本件四〇万円の取得については、昭和三七年一二月二日市農協理事会において、同被告人の専決処分とする旨の明示の承認があったものであるから違法性を阻却するか、仮にそうでないとしても、昭和三四年一一月の事件であって公訴時効完成間際に起訴されたものであるからその違法性は消滅していると主張する。

(二)成程昭和四一年押第一三九号、七六の理事会議事録によれば、四号議案として「片岡砂吉の件につき、組合長報告あり、城山映画館問題は組合長四〇万円也を立替え、自己金を片岡貸付金に入金する、その他に組合長専決処分を承認する。」との記載があり、証人直田統一の〈34〉公判調書供述部分によれば、結局右の表現は、本件映画劇場を三〇〇万円で売却したことにしてその差額四〇万円の処分については組合長である被告人大塚の裁量に委せたものとの説明がなされているが、その供述の経過に照らし、果してそのような意味合いで承認がなされたものか疑問があるのみでなく、証人辻義文の〈8〉公判調書供述部分によれば、本件映画館売却の際の収益は、市農協においてもいわゆる期間外利益としてこれを受け入れることができるものであって、理事会としては、何らかの合理的な理由がない限り、右収益を組合長個人の利得とするようなことはすべき筋合のものではなく、従って右理事会議事録の記載の趣旨は、「立替え」とか「自己金」とかの表現に拘らず、従前被告人大塚が領得した本件の四〇万円を、昭和三七年一一月中、市農協に一たん返戻したが、その処理を明確にするため、市農協が片岡砂吉に対して有する貸付金の返済としてこれを入金する旨確認したに過ぎないと解するのが相当であり、仮に右表現が、弁護人ら主張のような意味合いのものとすれば、組合長たる被告人大塚に何らの合理的理由がない多額の利益を単に与える旨の右承認は明白かつ重大な瑕疵がある違法なものたるを免れず、このような承認があったからといって本件犯行の成否に何らの影響を及ぼさないものというべきである。

また、本件起訴が右犯行の公訴時効完成直前のものであるからといってその違法性が消滅する理由はないから右主張はともに採用できない。

六、判示第三の(二)の事実について

被告人大塚の弁護人らは、この点についても、右同様昭和三七年一二月二日右理事会においてその承認を受けたから違法性がない旨の主張をするが、前記の理由により、右主張も採用できない。

七、判示第三の(三)の事実について

(一)被告人大塚の弁護人らは、本件については、市農協理事会において数回に亘って協議したうえ決定したことであり、その際、西片支所工事の下請人長浜信良は従前右工事の中心となって仕事をしていたものであり、かつその使用している工事人夫中に市農協組合員がいることなど諸般の事情を考慮して市農協にとり最も利益な方法を選んだものであること、そして若干市農協の負担は増加したが、前記丸宮建財の建築機械資材等を長浜に買い取らせることとしたため、その負担の増加は僅か二〇万円に留ったものであり、さらに設計変更に伴う値上り分を考慮すれば、殆んど右負担増はないに等しいことになること、などからすれば、被告人大塚については本件当時背任の故意がなかったものと主張する。

(二)そこでこの点について判断する。

前掲関係証拠中、被告人大塚の4・27付検調、証人辻義人の〈20〉、同林田金太郎の〈22〉、同林田武、同鎌田巌の各〈28〉、同長浜信良、同増崎志寿男の各〈30〉の各公判調書供述部分、林田金太郎の4・8付、山崎末雄の4・13付各検調、検察官作成の同月一二日付電話聴取書、押収してある緊急役員会議事録一通(前同押号、四三)、長崎市農協西片支所新築工事契約書(請負者丸宮建財)(同号、四七)、右同(請負者長浜信良)(同号、四八)各一綴、工事解約及引継書一通(同号、六四)によれば、前記丸宮建財は昭和三九年四月二六日倒産し、同会社によっては最早本件工事の完成が不能となったため、右会社の工事保証人である前記株式会社親和土建の代表取締役林田武に対し、被告人大塚がその意向を打診したところ、同人が超過払いの事実を指摘して難色を示したため、今一人の工事保証人である前記株式会社長崎土建工業所に対しては、同会社が、同被告人の依頼した大塚ビルの工事請負人であって、かつ右工事の利益も大してない見込みであったところから、同会社の意向を打診することをせずに、丸宮建財の下請人で本件工事を現実に行っていた長浜信良に対し、工事の続行と残工事の見積を依頼し、同年五月三日開催された緊急役員会において、議長である同被告人が、右長浜に引き続き工事を請負わしてはどうかと発議し、次いで建築委員である林田その他参事から、工事の進捗状況、資材等の現状その他丸宮建材への支払の状況及び長浜に対しては既に丸宮建財との請負契約を解約しても本件工事を継続させてやるよう話を進めるから工事を休まないように言って工事をさせていることを説明し、保証人の責任を追及すべしとする意見も二、三出たが、結局被告人大塚がそうなると工期が遅れる虞れがあること、現に長浜が工事を続けていることなどを主張して右意見を押え用意した長浜作成の見積書を回覧させたのち、同被告人が、今迄の工事の関係上長浜に見積書通り三五〇万円を追加した合計八九〇万円で契約したいと述べその旨出席理事全員異議なく了承したこと、長浜は当初四五〇万円を追加して、残工事代五四〇万円との合計九九〇万円の工事費を要求したが、丸宮建財当時の鉄筋、セメント、型枠等を一〇〇万円と見積って現物支給するとの了承のもとに八九〇万円に減額をし、その後、同年五月一五日から同年八月一四日迄の間に六回合計八九〇万円の支払を受けたが、その間本件工事とは別個の附帯工事として、同年七月二四日に九二万円(店舗内装、陳列、アーケード工事分)の支払を受けたほか、本件工事の設計変更に伴う増額分として同年八月一九日別途に二〇万円、その他工事完成に伴う謝礼金の名目で二〇万円を受領していること、さらに同人は、翌四〇年二月一三日、同被告人が丸宮建財倒産後、自己の宮津に対する債権の担保として、いち早く押えておいた建設機械一式を改めて市農協から譲り受け、その代金八〇万円を同人が市農協に対し割賦で支払うこととし、その後約二年余の間に、同人はうち二五万円余を支払ったのみであることなどの事実が認められる。以上によれば、成程弁護人ら主張のように、本件工事請負については、市農協理事会の承認を受けていることが認められるのであるが、その議事録の記載その他議事進行の経過に照らし、他に契約上の工事保証人が存在することについて十分な討議を尽したものとは認められず、理事会の承認を求める以前に長浜に残工事を請負わすべき旨の内諾を与えて工事を継続させその見積書を作成せしめるなど既成の事実を作り上げて理事会に臨んでいること、その他証人橋本康の第二〇回、同楠本種次郎の第二一回、同浦繁蔵の第二六回各公判調書中の供述部分によれば、同被告人は、市農協におけるいわゆるワンマンであって、同被告人を制肘しうるものはなく、同被告人の意のままに理事会も決議せざるをえなかった事情が認められることなどからすれば、右のような理事会の決議があったからといって、それは単に適法な手続を履践した外形を整えるための方便に過ぎないもので、それがあるからといって本件行為の違法性を阻却するものとは到底考え難い。のみならず、同被告人としては、結局前認定のような動機から市農協の名で前記工事保証人らに、正式に残工事継続の請求を一度もしていないのであり、一方長浜の請負金額についても決して弁護人主張のような少額の増額にとどまるものでないことは前述したとおりであるから、被告人は前判示の目的をもってその任務に背き、市農協に対し前述の損害を与えたものといわねばならず、従って右主張は採用できない。

八、判示第三の(四)の事実について

(一)被告人大塚の弁護人らは、本件西片支所の敷地の価格を値上げしたことについては、事前に市農協理事会が相当と認めてその旨決定しているうえ、昭和三九年七月、右支所完成の際総会の承認もえているので違法性がないと主張する。

(二)しかし乍ら本件は前判示のような動機に発するものであり(右一〇〇万円の不渡小切手は、前述の如く西片支所建築工事のリベートの一部である)、又昭和三九年六月二日開催の役員会における議事手続の経過については、前掲関係証拠中の当該議事録によれば、同被告人が議長として発議し、周囲の情況により考えて坪当り単価を四万円と変更したい旨説明をし、直ちに異議なくこれを可決していることが窺われるところ、右周囲の情況として当時かかる増額の必要があったと認めるに足りる証拠はなく、この点について、同被告人の〈35〉公判調書供述部分によれば、同被告人はもともと市農協に対し坪四万円で売却した積りであると述べているが、何ら根拠のない弁解にすぎず、唯同被告人としては、前掲関係各証拠によって認められる、当初右敷地を坪当り三万八、〇〇〇円、期間三〇年の約束で市農協へ賃貸するつもりであったところ、その後、本件売買契約の直前になって、長期間賃貸するならば、売却したのも同然であるし、前記宮津から多額のリベートが入る手筈となったため、これを見越して幾分安く市農協へ売却するのが得策と考えるに至りこれを坪二万七、〇〇〇円として売買した経緯に徴し、かかる弁解をするものと考えられるのであるが、右のような思惑から時価より安く売却したのであるから、その思惑通りにことが運ばなかったからといって、一たん売却して代金の支払迄完了している物件についてその値上げを求めるなどということは、到底容認できる筋合のものではない。なお、証人大塚とし子の〈20〉同林田金太郎の〈22〉各公判調書供述部分によれば、右値上げは、当初の売却時に整地未了であって、その整地代、下水工事等に費用がかかったためと説明しているが、山崎末雄の4・13付検調、証人楠本種次郎の〈21〉、同浦繁蔵の〈26〉各公判調書供述部分と対比して信用できないものと言うべきである。而して、前述のように市農協理事会は、当時同被告人に牛耳られその意向に逆う決定はできない状態であったことに鑑み、理事会における決定は本件行為の違法性を何ら阻却するものとはいえず、又爾後に総会の承認があったというのであるが、以上の経過に照らし、事後に承認をえたからといってその違法性が阻却されるものとは考えられない。

以上によれば、弁護人らの右主張は採用できない。

九、判示第三の(五)の(1)の事実について

(一)(1)被告人大塚(以下単に被告人とのみ記載)の弁護人らは、被告人は昭和三九年度において、前記宮津芳通及び同人の経営する前記丸宮商事、丸宮建財に対し、合計二、二二八万円の貸金債権を有していたところ、同年中同人らが何れも倒産したため全て貸倒となって終った。ところで、被告人は昭和三五年ごろから、宮津の仲介で不特定多数の者に相当多額な金員を多数回貸し付けており、その貸付名義の点は暫らく措くとしても、ことの実質に則して考えれば、これらは被告人自身の貸金と何ら選ぶところがないのであり、又収受していた利息も一ケ月三分という高額なものであるうえ、この利息収入が被告人の全収入に占める割合も決して少いとはいえず、その他宮津が金融業を止めてからのちも、同人の倒産に至る迄、被告人は宮津から毎月一五万ないし二〇万円の利息金を受けとっていたことなどを綜合すれば、例えその貸付先が被告人と特別の関係がある者であったとしても、社会通念上被告人を金融業者と認めることは何ら妨げがないものであり、このことは、国税庁長官が発した所得税関係基本通達九三によっても十分裏付けうるところである。検察官指摘の名古屋高等裁判所昭和四四年五月二二日の判決は、金融業者たる要件を狭く解釈するもので妥当ではない。以上によれば、右貸倒金は事業所得に伴う経費として差し引かれるべきものであり、してみれば、同年中には申告すべき所得がなかったことに帰し、本件犯罪は成立しないと主張する。

(2)そこでこの点について判断をする。

(イ)前掲関係証拠によれば、被告人の昭和三九年中における貸付状況は、貸付先宮津芳通及び前記丸宮建財ほか五ケ所、貸付回数約一八回、貸金総額約四、〇七〇万円、利息収入合計約二〇二万五、〇〇〇円と推定され、その口数、金額、回数、利息の数額などからすれば決して小規模のものとはいえないのであるが、その貸付先は従前被告人と特殊な関係があった者(宮津、丸宮建財、長崎ボーリングセンター)のほか、寺田力外四名に対する分は、前記宮津の仲介によるものであって、市農協から借り受ける迄のごく短期間の貸付であること、柴田義秋ほか二名に対する分は長崎県諫早市貝津の土地購入資金であってもともと転売を目的とするものであり、被告人自身転売の際はその利益分配に預る積りで貸付けたいわば共同出資的色彩の強いものであることなどからすれば、未だその貸付先が不特定又は多数であるとはいえないこと

(ロ)同年度における総所得金額に対する右利息収入の割合は最大限に見積っても既ね一四パーセントを超えないもので、被告人の所得全体に占める割合はさしたることがないこと

(ハ)貸付に当っては一々正規の契約書を作成せず、利息等の明確な定めもないことが多かったこと

(ニ)何れの場合についても確実な担保をとらず、債務不履行の場合でも直ちに法律上の救済手続に訴えるということもなかったこと

(ホ)その他貸金業者としての届出などは勿論、その物的、人的設備についても特段のものはなく、事業としての組織性、計画性に全く欠けていたこと

(ヘ)被告人自身、当時市農協の組合長を始めとして判示冒頭記載のような各公職に就任しており、かかる立場からすれば、金融業を独立の事業として運営、推進する意図があったとは到底認められないこと

(ト)被告人が利息収入をうるようになった経緯については、市農協の資金を他へ貸し付けるため、宮津を仲介者として起用したことから、除々に宮津の経営にかかる前記丸宮商事に資金を融通するようになり、右丸宮商事が金融業を営んでいたところから、恰も被告人が宮津を利用して他へ金員を貸し付け利息をえていたような観を呈したのであるが、金融業を営んでいたのは宮津であって被告人ではなく、被告人は宮津に資金的な援助をしていたものに過ぎなかったこと

(チ)なお判示第三の(五)の(2)の関係証拠によれば、翌昭和四〇年度において、被告人は松島昇に対し七回に亘り合計三、六〇〇万円、前記長崎ボーリングセンターに対し六回に亘り合計二八〇万円、右会社の取締役倉重祥弘に二回に亘り合計六〇〇万円以上合計一五回、四、四八〇万円を貸し付け、その利息金として三九一万九、〇〇〇円を同年度中に取得したことが認められるが、何れも被告人と特別な間柄にあるものばかりであって、不特定又は多数人を相手として貸付たということはできず又利息収入の割合は譲渡所得を除いても約一九パーセント、これを含めて計算すれば約八パーセントに過ぎなかったこと

などの諸事情を綜合すれば、社会通念上昭和三九年度中被告人が事業として金融業を営んでいたものとは認め難いといわざるをえない。

なお、弁護人ら指摘の所得税関係基本通達九三に金融業者に該当するか否かの具体的判定基準の一つとして「1.親せき、友人等特殊の関係にある者のみに貸付けている場合は金融業に該当しないものとする。

但しその金額が多額(おおむね五〇万円以上)に上る場合にはこの限りでない。」との記載があるが、右通達は、一義的に金融業の要件を定めたものと解すべきではなく、その前段の規定からすれば金融業に該当するかどうかは他の要素と相まって健全な社会通念により決定すべきものと思料され、右金額以上の金額を貸付けている場合でも金融業に当らない場合は十分考えられる。右通達は寧ろ前段の一般的判定基準にその重点があるのであって、後段の1.2項は実務の迅速な遂行をはかるため、簡単に判別しうる一応の具体的基準を掲げているに過ぎないと解すべきである。

以上によれば、右主張は失当であって採用できない。

(二)次に弁護人らは、同年度における市農協佐世保支所、同西片支所の工事謝礼金について、これらは宮津の被告人に対する従前からの債務の内入れとして受領したものと主張するのであるが、前掲証人宮津の〈6〉公判調書供述部分、当裁判所に対する同証人の尋問調書によれば、判示認定に副う事実を肯認でき、かつ、前掲関係証拠により認められる同人が右工事を請負うに至った経緯、右金員が各工事の前渡金支払の直後に被告人に交付されていること、その他如何なる債務にいくら内入をするのか全く明らかにされていないことなどの事情からすれば、右証言の信憑性は十分認められるところであるから右主張は採用できない。

一〇、判示第三の(五)の(2)の事実について

(一)桜町の宅地転売利益について

(1)弁護人らは、右宅地が被告人の単独所有であったとするには証拠が十分ではなく、仮にこれが被告人の単独所有であったとしても、右土地の取得及び転売迄の諸経費として左記のものが挙げられる。

(A)宮津が被告人に無断で右土地につき抵当権設定登記をして、十八銀行から六〇〇万円借受けていたのを、被告人において転売に当りその抹消登記をするため止むなく支払った六〇〇万円

(B)宮津が宝金融から秋山名義で四五〇万円を借受けていたため、右土地につき仮差押の登記がなされ、転売に当り止むなく被告人がその執行取消のため長崎地方法務局に弁済供託をした四五〇万円

右(A)、(B)については、その登記を抹消しないと転売できないことは取引の常識であるから、そのための弁済によって所得が減少することは明らかである。

(C)右土地購入のための資金として借入から転売に至る間の借入先に対する支払利息合計四〇六万円

右については、転売目的で購入した不動産の購入資金について、借入から転売迄の金利は、不動産業者の場合は当然経費として取扱われ差引かれることになるが、不動産業者でない場合は、基本通達の一四〇によれば、「当該資産を取得するために要した負債の利子は取得価格に含まれない」と規定され、一方昭和三五年通達直所一の一一によれば、右負債の利子のうち、その固定資産の使用開始に至る迄の期間に対応する分は取得価格に算入する旨定められている。而して税務実務上右「使用開始の日」とは一般に不動産については所有権移転登記の日と解されているようであるが、この解釈は甚だ不合理であり、被告人は転売目的で右土地を購入したことが認められるのであるから、被告人が出損した右利息金は転売利益から差し引かれるべきであり、それが実質所得課税の原則に適合する取扱というべきである。

(D)宮津の土地購入等に当っての使込金四五〇万円

右は損金として差し引かるべきものである。

よって以上の(A)ないし(D)の金員は転売利益から差し引いてその所得を定めなければならない、と主張する。

(2)そこでこの点について順次判断する。

(イ)先ず桜町土地の所有権者の点については、前掲関係証拠によれば、右土地は昭和三八年四月二三日、秋山善三郎名義で、小川源松ほか六名から代金二、九九七万五、〇〇〇円で買受けたものであるが、その代金二、九九七万五、〇〇〇円で買受けたものであるが、その代金の支払関係は、手付金三五〇万円を含む一、〇〇〇万円を被告人が出損し、同年六月二一日、右秋山善三郎名義に所有権移転登記をなしたうえ、右土地を担保に十八銀行公会堂前支店から宮津芳通名義で借受けた一、二〇〇万円、同じく市農協から秋山善三郎名義で借受けた二、〇〇〇万円のうちの六〇〇万円を支払い、残額は宮津が支払っているのであり、その他宮津が支払っていると認められる登録税等を考慮に入れても、宮津が自ら現実に出損した部分は僅少であるうえその出損に見合う分は、同人が被告人に無断で右土地を担保に他から借り入れるなどしていること、右土地購入資金の借入については被告人の口添え、尽力によりその信用を背景として借受けたものであること、そして右土地の転売時である昭和四〇年五月一八日当時、宮津はつとに倒産をして姿を消し、被告人が専ら売買に関与し前記借入金等を売買代金中から支払うなどして清算をし、その残金を全て被告人が取得していること、その他そもそもの所有名義人秋山は全くの名義人に留まるものであること、その他昭和三八年四月当時、宮津は被告人に従属しその被護のもとに事業を営んでいたものであることなどの事実を考慮すると、右土地は被告人の単独所有に属するものであったと認めざるをえない。

(ロ)次にその経費の点については、弁護人ら主張の(A)、(B)の六〇〇万円及び四五〇万円について、被告人においてかかる出損をしたことは前掲関係証拠上肯認でき、又(D)については当裁判所の証人宮津に対する尋問調書によればその額は合計二一〇万円程度と認められるのであるが、右(A)、(D)は何れも宮津の横領行為による損害であって雑損控除の対象となるものと解されるところ、所得税法第七二条第一項によれば、右の損失は当該年度の総所得額の一〇分の一を超える額についてこれを当該年度の総所得額から控除することができるが、但し昭和四〇年度においては、同法第八二条第一項により右雑損控除につき確定申告書にその旨の記載がある場合に限り適用があるものとされていた結果(右第八二条の規定はのち第八八条に移され、同規定は昭和四三年四月二〇日公布にかかる法律第二一号によって削除されたが、その附則第二条によってなお従前の例によることとされている)、そもそも右土地の譲渡所得自体の申告がない本件にあっては、右の控除を適用する余地は全くなく、従って右第八二条第五項所定の右雑損失の不申告につき止むを得ない事由の存否について判断をする余地もないものといわねばならない。

さらに弁護人ら主張の(B)の四五〇万円の出損については、その主張通りの事情により被告人が支払を余儀なくされたものと認められるのであるが、所得税法第七二条第一項所定の雑損控除の対象とならないことは明らかであるが、さればといって同法第三三条所定の資産の譲渡に要した費用に該当するかというと、右の費用とは、譲渡に関し直接支出した周せん料、登録料のほか、立退料その他これに類似する直接的な費用を指すものと解するのが相当である(なお昭和二六年基本通達一四〇)から、右(B)の費用は土地譲渡の経費と認めることはできないというべきである。

次に(C)の銀行等に対する借入金利息については、右に述べたところからこれが譲渡経費に含まれないものであることは明らかであるが、弁護人ら指摘の昭和三五年通達直所一の一一によれば、その主張どおりの記載があり、証人山下中の当公判廷における供述によれば、「当該固定資産の使用開始」の日とは税務実務上その所有権移転登記のなされた日とされていることが窺われる。尤も業として不動産の譲渡等を行う者にあっては、借入利息は事業に伴う必要な経費として、控除されることになるが、本件においては証拠上被告人が当時不動産業者であったとは認め難い。そして、非事業のものとして不動産の譲渡が行われる場合においては、通常転売利益を求める意図でなされることはないから、当該不動産の使用、収益による利益とその間の借入金利息とが見合うものと考えて一向差支えがなく、又仮りにたまたま非事業者が急激な不動産の値上りに乗じ多額の転売利益を上げようとする場合などにおいては、前記の通達からすれば、借入金利息分は控除の対象たる経費とならないが、かかる場合は非事業者の不動産売買の常態ではないのであるから、この場合に迄配慮を及ぼす必要はないものと思料され、右税務実務の取扱いは所論指摘のような実質課税の原則に反する違法で不合理なものとは認められない。

以上によればこの点に関する所論は全て採用できない。

(二)勝山町外の土地の譲渡収入について

(1)弁護人らは、右土地は登記簿上被告人とその妻トシ子との共有名義であったものであり、右土地の購入につきトシ子は五〇万円を出損してもいること、共有名義としたことについてとくに租税の回避を目的とした事情もないから、譲渡収入金についてはその二分の一が被告人に帰属するものとして取扱うべきであると主張する。

(2)そこでこの点について判断すると、右土地が所論のとおりの共有名義であったことは明らかであるが、前掲被告人の42・1・21付蔵調、大塚トシ子の蔵調(二通)、直田統一作成の42・1・17付上申書、十八銀行本店営業部長作成の42・1・20付当座勘定元帳(写)、押収してある不動産売買契約証一通(昭和四三年押第一〇三号、三七)によれば、被告人は昭和三五年一一月二四日、市農協の自己の普通預金から四九〇万円を払戻すとともに、市農協から大塚トシ子名義で一一〇万円を借り入れ、合計六〇〇万円を、同日一たん自己の県信連普通預金口座に入金しこれを売主である長崎電軌鉄道株式会社の十八銀行本店の当座預金に振り込んでいること、右売買契約書の買受人は被告人名義となっていること、被告人の妻トシ子は、右の経過について一切知らされていないこと、被告人が妻との共有名義としたのは、そうすれば妻も励みがでると考えたからであるが、妻に財産を贈与する意思はなかったこと、而して本件売却代金三、〇五八万七、五〇〇円は十八銀行の松島昇の当座預金口座に一たん入金されたうえ、同合計額の同人振出の小切手二通を被告人が受領し、これを被告人の同銀行に対する債務の返済、自己の普通預金及び通知預金口座へ入金するなどして全て被告人がこれを処分していることを認めることができ、右認定に反する前掲、被告人の蔵調の一部及び証人大塚トシ子の当公判廷における供述は措信できないから、結局以上によれば本件土地は登記簿上の名義に拘らず、被告人の単独所有と認定せざるをえない。

一一、判示第三の(五)の(1)、(2)の犯意等について

(1)弁護人らは、

(イ)旧所得税法第六九条には詐偽その他不正の行為により所得税を免れた行為を処罰する旨定め、又現行所得税法第二三八条においては、右の詐偽とあるのを「偽り」と改め、その他不正の行為により所得税を免れた行為を処罰する旨規定している。

右旧法第六九条にいう「詐偽その他不正の行為」の意義については、昭和四二年一一月八日、最高裁判所大法廷判決によれば、逋脱の意図をもってその手段として税の賦課徴収を不能若しくは著しく困難ならしめるような偽計その他の工作を行うことをいう、とされており、従って逋脱の意図のもとに何らかの積極的工作を行うことを要すると解されるところ、被告人が昭和三九年分の所得について利息等の申告をしなかったのは、貸倒金その他の多額の損害があり利得となるべきものがなかったため単にこれを申告をしなかったに留るものであり、税法の知識にも乏しい者であるから、税法上被告人の見解が誤りであったとしても直ちに逋脱の意図があったとはいえず、偽計その他の手段を講じてもいないから何れにしても逋脱罪は成立しない。

(ロ)次に昭和四〇年度の所得税確定申告書の提出については、申告手続を依頼した直田統一と事前に十分な打合せをしないうちに、昭和四一年二月二八日被告人が別件のいわゆる背任等の事件で逮捕されたため、直田は他の職員にさらに依頼をして申告書を記載させたうえ、被告人にその内容を一度も見せることなく所轄税務署に提出しているのであって、かような経過に照らせば、被告人に逋脱の意図があったと明確に認めることは困難である。

と主張する。

(2)そこでこれらの点について順次判断する。

(イ)先ず昭和三九年度分に関する所論中その前段については、所得税法上単純な不申告を処罰する旧所得税法(以下、旧法と略称)第六九条の四(新法第二四一条)の規定があることから、旧法第六九条第一項所定の「詐偽その他の不正の行為」には、単なる不申告を含まないことは明らかであるが、いわゆる過少申告の形態をとる脱税の場合は、これを単なる不申告と同一視することはできず、過少申告が、その行為の態様からして逋脱の意図をもってする積極的な工作の一類型に当ることは疑いの余地がないといわねばならない。所論指摘の最高裁判所判決は、物品税逋脱の目的でなされた一連の作為、不作為を問題とするものであるが、そもそもその申告が全くなかった場合に関するもので、本と事案を異にし適切ではない。次に所論後段の点については、被告人は本件については前判示のとおり期限迄に他に所得があることを知り乍ら内容虚偽の過少申告をしているものであり、又前掲関係証拠によれば、資金の貸付については自己の名前を出さないことを条件とし、或いは相手方帳簿にこれを記載させないようにし、領収書を作成する場合も架空人物名義でこれを作成するなどしているのであって、右の事情に照らし、右申告時において、被告人に所得税逋脱の意図があったものと認めない訳にはいかない。弁護人らは結局被告人に非損金性についての錯誤があったため故意を阻却すると主張するのであるが、昭和三九年度において、被告人は前示のとおり宮津及びその経営する会社の倒産により合計約二、〇〇〇万円を超える損失を蒙ったと認められるところ、前判示のとおり同年度における被告人の総所得金額は一、四六九万八、二一七円であるから、所論の見解に立てば、被告人は同年度中における何らの所得をも申告しない態度にでるべき筈であるのに、被告人は従前申告をしていた配当、不動産、給与の三所得について六六〇万〇、九五七円の収入があった旨の申告をしていること、従前から被告人は他に所得があり乍ら右三種類の所得についてのみ申告をしてきたものであること、などの事情を勘案すれば、被告人が本件申告時右主張のような錯誤に陥っていたと認めることには多くの疑問がある。のみならず、仮に被告人が旧法上貸倒金を経費として控除できないにも拘らず、これを控除できると考え、或いはその控除しうる範囲を貸金による利息収入以外の所得にも及ぼすことができると考えたとしても、右はいわゆる禁止の錯誤の一場合であつて、右のような一連の被告人の所得税対策ないし申告態度に照らせば、被告人は兎も角右申告にかかる三所得以外の所得については、これを極力秘匿しようとしてきたものと認めるほかはなく、従って、右のような錯誤について、相当な理由があるものと認めて同年度中の申告外の所得につき斉しく逋脱の故意を阻却する、とすることはできない(尤も同年度における宮津よりの利息収入金一三万五、〇〇〇円について、その犯意を欠く疑いがあること前示のとおりである)。

(ロ)次に昭和四〇年度分に関する所論については、前掲関係証拠によれば、昭和四〇年度分の所得税の申告については、昭和四一年三月一五日が申告書の提出期限であったところ、被告人は同年二月二八日背任等の事件に関して逮捕勾留され接見等も禁止されていたが、同年五月三〇日保釈出所したこと、市農協職員直田統一は、被告人大塚が逮捕される以前に、配当、不動産、給与の三所得につき確定申告をするよう指示を受け、直接被告人からその資料の提供を受けたほか不十分な点は、被告人の妻トシ子にその明細を尋ね資料を受け取るなどし、右申告書を自己の下僚の荒木光に命じて作成させたうえ、前判示のようにこれを所轄税務署へ提出したこと、被告人は従前から右三所得以外に所得があり乍ら、確定申告に際しては右三所得のみを記載するのが例であったことを認めることができ、以上によれば、被告人が右三所得以外の所得について当時これを申告する意図があり、たまたま逮捕されたためこれを果せなかったものとは到底認められない。

以上によれば弁護人らの右主張も全て採用できない。

(法令の適用)

被告人ら三名の判示第一、被告人大塚泰蔵、同宮津芳通の判示第二の(二)、同(三)の(1)、(2)の各所為は何れも刑法第二四七条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六〇条(被告人宮津芳通についてはなお同法第六五条第一項)に、被告人大塚泰蔵、同宮津芳通の判示第二の(一)の所為は、同法第二四六条第一項、第六〇条に、被告人大塚泰蔵の判示第三の(一)、(二)の各所為は、何れも同法第二五三条に、同(三)、(四)の各所為は何れも同法第二四七条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、同(五)の(1)の所為は、昭和四〇年法律第三三号所得税法附則第三五条により、同法による改正前の所得税法第六九条第一項、第二六条第三項第三号に、同(2)の所為は所得税法第二三八条第一項、第一二〇条第一項第三号に、被告人宮津芳通の判示第四の所為中私文書偽造の所為は刑法第一五九条第一項、第六〇条に、同行使の所為は同法第一六一条第一項、第一五九条第一項、第六〇条に、詐欺の所為は同法第二四六条第一項、第六〇条に各該当するところ、被告人宮津の判示第四の各所為は順次手段結果の関係にあるから、同法第五四条第一項後段、第一〇条により最も重い詐欺の罪の刑によることと判示第一、同第二の(二)、(三)の(1)、(2)、同第三の(三)、(四)の各所定刑中懲役刑を、判示第三の(五)の(1)、(2)の所定刑中ともに懲役刑及び罰金刑をそれぞれ選択し、以上は被告人大塚、同宮津について、何れも同法第四五条前段の併合罪であるから、被告人大塚についてはその懲役刑につき同法第四七条本文、第一〇条により刑及び犯情が最も重い判示第二の(一)の詐欺の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法第四八条第二項によりこれを合算したうえ同条第一項によりこれらを併科することとし、又被告人宮津については同法第四七条本文、第一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の(一)の詐欺の罪の刑に法定の加重をし、以上被告人大塚についてはその処断刑期及び処断罰金額の範囲内において、被告人木村、同宮津についてはそれぞれその処断刑期の範囲内において、後記の情状を考慮したうえ、被告人大塚泰蔵を懲役三年及び罰金五〇〇万円に、被告人木村俊次郎を懲役一〇月に、被告人宮津芳通を懲役二年六月にそれぞれ処し、被告人大塚の懲役刑及び同木村の右刑については同法第二五条第一項第一号、被告人宮津の右刑については同条第一項第二号により、それぞれ本裁判確定の日から何れも三年間右各刑の執行を猶予することとし、同法第一八条により被告人大塚が右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置し、押収してある預り証一枚(昭和四一年押第一三九号、一)は、被告人大塚、同宮津の判示第二の(一)の詐欺罪の用に供したものであり、また押収してある借用金契約証書一通(同押号、一一)中の偽造部分は被告人宮津の判示第四の私文書偽造罪により生じたもので、かつ同行使罪の組成物件でもあり、以上は何れも被告人ら以外の者に属しないと認められるから、同法第一九条第一項第一、二号、第二項によりそれぞれ関係被告人らからこれを没収すべく、訴訟費用の負担につき、被告人大塚については刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用して主文一の(5)の(イ)の(a)、(b)、(c)項、同(ロ)項のとおりこれを定め、被告人木村、同宮津については何れも同法第一八二条により被告人木村については主文二の(3)項、同宮津については主文三、の(4)の(a)、(b)項のとおりそれぞれその負担を定める。

(量刑の理由)

被告人大塚は、判示冒頭記載のとおり、多年長崎市における農業諸団体において枢要な地位を占め、とくに市農協においてはいわゆるワンマンとして長期間に亘りその権勢を擅にしてきたものであったが、昭和三五年以降被告人宮津と交際を深めるようになってからは、その社会的地位に対する誇りと自覚を喪って私利私欲に走りその結果本件一連の事件を惹起したものである。本件はいわゆる農協事件として広く世間に喧伝されその耳目をそばだたせた事件であり、社会的影響も決して少しとしないのであり、又本来農業協同組合は、農民の協同組織体であって農民の経済的、社会的地位の向上に貢献すべき使命を有し、その福祉を常に主眼とすべきであるのに、これをなおざりにして、市農協資金の貸付に際し多額の仲介謝礼金を受取り(脱税事件)、市農協の資産、利益を私物化し(城山映劇事件、土地価格改訂事件、脱税事件)、その資金運用について自己の利益をはかるため放慢な貸付を行う(浜よし事件、後藤観光事件)などし、あまつさえ市農協に与えた損害について今日に至る迄十分な弁償を行っていない状態であって、その犯情は甚だ悪質というべきであるが、反面被告人は長年に亘り精励、努力して市農協の育成をはかり、今日の隆盛をもたらしたものであり、それ故理事者、職員は全て被告人の優れた企画力、実行力に敬服して全面的にその指示に従ってきたものであって、これら従前の功績はなお認めるに足り、又被告人の本件犯行はもともと我欲の強い被告人の個性に負うところ大なるものがあったが、同時に被告人宮津に触発されたところも多多認められるところであるうえ、本件により逮捕され相当長期間勾留されていたこと、当然のこと乍ら本件によってその社会的地位、名声を一挙に失い、一切の公職から退かざるをえなくなったこと、特に現在既に七五才の高令であり、従前何ら前科等もないものであることなど諸般の情状を考慮し、その懲役刑につき前記のとおり量定をしたうえとくに右刑の執行を猶予することとし、罰金刑については、その現実の利得の点を配慮して前記のとおり量定した。次に被告人木村については、本来被告人大塚を補佐する立場にあり乍らこれに追従し、謝礼金欲しさに判示第一の犯行に及んた点その犯情は重いが、被告人大塚の指示に従った点も認められるうえ、その犯行は判示第一の点に限られ従前さしたる前歴もないものであって、これも又本件により職を失い、地域社会の非難にも遭っていることなどの情状を考慮し前記のとおり量定した。

被告人宮津については、前叙のように本件背任等事件につき蔭の立役者とも称すべきものであり、その犯行も多岐に亘っているが、もとより市農協の職員ではなく、被告人大塚と異り本来私利を追及すべき立場にあった者でもあり、改悛の情を披瀝し、とくに判示第四の犯行については被害の弁償も遂げていること、前科はあるがすでに相当の年月を経ており、現在正業に就いて真面目に働いていることなどの情状を考慮し前記のとおり量定した。

よって主文のとおり判決する。

昭和四六年一一月三〇日

(裁判官 荒木勝己)

別表(一)

昭和三九年度犯則合計分(雑所得)の損益計算書

〈省略〉

別表(二)

昭和四〇年度犯則合計分(雑所得及び譲渡所得)の損益計算書

〈省略〉

昭和39年度税額計算書 昭和40年度脱税額計算書

〈省略〉

〈省略〉

( )内犯則分

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